本当のリスクは「リスク自体を過小評価すること」


営者(起業家)に求められるものを考察する Part1

前々回の本コラムでは「魅力ある製造業経営」と言うテーマで論じてきたが、
コラムの読者の方からメールを頂いた。
読者は父親が経営する製造業に勤務する取締役、俗に言う「三世取締役」であり、
今後は父祖が築き上げた工場を承継しなければならないようだ。
輸送機関係の部品製造を行っており、50名ほどの従業員がいるが、
経営についての悩みの深さが窺われた。

頂いたメールの内容の要約は以下の通りである。
「魅力ある製造業には、魅力ある経営者が必要だと思うが、
自分には魅力ある経営者として求められるものが分からない。
自社が属する業界は明らかに斜陽産業であり、中国を初めとした海外との価格競争も厳しく、
父親のコネでもらっている受注も、自分に世代交代した後に継続される保障もない。
現場には全員が経営者感覚で仕事に取り組んで欲しいと指導しているが、
本当のところ自分自身が『経営者の求められるもの』が何であるのかが理解できず、
このままでは事業承継する自信がない。
コラムでは経営者に求められるものについて書いて欲しい。」

このメールを頂いてから何度かのメールのやり取りがあった。
ちょうど関西のある大学で「起業家に求められるもの」と言うタイトルの講義を持ったので、
その方にご案内し、受講して頂いた。
授業の後にお茶を飲みながら意見交換をしたが、ご当人にとってはかなり切実な問題であり、
筆者もいい加減なアドバイスが許されない事を強く感じた。
日本の製造業は年々その数を減少させている。
大阪で製造業の街といえば東大阪だが、
筆者が新人営業マンとして飛び込み営業をしていた昭和60年代と現在では、街の風が違う。音や匂いが違う。街の活気が違う。あの溢れんばかりのエネルギーで満ちていた街の工場は半減し、工場の跡地にはマンションが建つ。
世界一の技術を持ちながら、それを未来に変える事ができない悩みが街に満ちている。
筆者に悩みをぶつけてきた読者と同じ悩みが街に溢れているのだろう。
確かに経済はグローバル化し、ものづくりも海外にある程度の軸を置いた経営が求められている。
しかしそれは日本の製造業の空洞化にも繋がる事である。製造立国として世界にレゾンデートルを示してきた日本の自らの凋落である。
筆者のライフワークは「ものづくり日本、製造業の復権」であるが、この問題にはいくつもの課題が複雑に入り組んでいて、人、もの、金、技術、情報などの課題が輻輳しているので、取り組むテーマとしても必ずしも正解と言えるものがある訳ではない。
しかし筆者なりの経営経験から「魅力ある経営者像」として必要と思われるものを論じ、経営発展の一助となる事を念じたい。
まだ経営者としては弱輩未熟であるので考えが正解に及ばない事をご寛恕頂ければ幸甚である。

経営の近代化は19世紀の産業革命以来に大きく進展したことは間違いないと思う。
それまでの家内制手工業から、近代工業への脱皮に伴い、その経営手法やマネジメント技術なども変わったと言えるが、企業のリーダーとして求められる経営者像の根幹が大きく変わったとは思えない。いつの世にも組織は人であり、人を動かすのは人である。
筆者も起業して17年になるが、経営におけるリーダーのあり方については基本的な部分は変わらないと感じている。
ここで筆者が考える経営者に必要な素養について列挙してみる。

(1)事業構築への強烈な熱意と事業構想力
まず経営者には強烈な「成功への渇望と熱意」が必要である。
事業への熱意とは「自分が持つビジネスモデルを必ず成功させたいと思う気持ちの強さ」と言い換えることができるが、自社が製造する製品や技術を世界に広く流布させたいと強く願う気持ちの有無である。
経営はここに不確かなものがあると、事業全体がぐらついてしまう。まずは経営者が強い熱意を持つ事が重要である。
次に事業構想力だが-事業にビジョンを持ち、進むべき方向を社員に明示できること-であり、熱意を具体的な行動に変える構想力である。
構想を行動に変え、常に組織を成長の高みへ導く力が必要である。
筆者はこれまでに数千社の製造業を見てきたが、活力のある製造業に共通してあるものは、ものづくりを通じたベンチャースピリットであると感じている。
『ベンチャーであり続けるのか、中小企業に甘んじるのか』
これは製造業のみならず全ての企業に問いかけたい質問であるが、日本のおいてはベンチャー企業と中小企業の違いが明確に論じられる事が少ない。
何となく両者は異なるものであり、ベンチャー企業の方に活力がありそうだと言うのが一般的な感覚だろう。
筆者が考えるベンチャーと中小企業の一番大きな違いは「経営上で一番重要視するものの違い」である。
中小企業が一番大切なものは「企業の存続」であり、関係する範囲の狭いステークホルダーが安定して収入を得る事である。
その為には受注を得るために、ある程度の妥協は必要であり、発注先の要望に合わせることで関係を強化する。
まずは成長よりも安定と言えるだろう。
一方ベンチャー企業にとって一番大切なものは「ビジネスプラン」であり製造業の場合は「技術や製品」ではないだろうか。
ビジネスプランを実現するために、時には企業の形を変える事ですら受け入れる場合(M&Aなど)もあり、自らのビジネスプランや技術力を立証するために、熱意を持って変革を受け入れる姿勢が重要視される。
どの企業も最初は熱いベンチャースピリットを持って起業されるが、長い時月の経過の中で、そのスピリットは失われて行く。
それは自らの技術力の立証に対する情熱を失ってしまうことではないだろうか。
魅力ある経営者は常にベンチャースピリットを持って挑戦の姿勢を失わない。
戦う事を忘れた経営者は、飛ばない鳥と同じである。まずは強烈な情熱と事業構想力を持つ事が重要であると確信している。

(2)課題発見と解決力
経営は終わりなき課題との戦いであると言えるだろう。
ひとつの課題を乗り越えて新しいステージに上がっても、またそのステージ独自の課題が現れてくる。
しかし長年この課題へのアプローチを繰り返していると、課題発見に対しての感覚が鈍化してくることは避けられない。
車の運転でも同じだが、走行距離が10000キロを超えたあたりから急激に事故が多くなって来るそうだ。
課題とは経営リスクと言い換えることができるので、課題発見に対して鈍化するのは、経営リスクに対して鈍化しているのと同じ事である。
故に第二に重要な事は、「課題発見力」である。
『ビジネスモデル実現のための困難、障害などのリスクを察知し、いち早く警告できること』と言い換えてよいだろう。
何年も企業経営をしていると、経験則により、発生するリスクの大小を見分けることができるようになる。
しかし本当のリスクは「リスク自体を過小評価すること」ではないだろうか。課題を感
じないこと自体が課題であると言う姿勢を堅持することが必要である。
また発見したリスクに正対視し、あらゆる角度から検討し、いち早く手段を講じ、問題を解決する勇気が重要である。
その時には課題を部分的に捉えるのではなく、経営全体から俯瞰する視線が経営者には求められ、現場で矮小化された問題の陰に隠れたリスクをしっかりと洗い出し、リスクマネジメントの姿勢を決めなければならない。
すなわち『自己の経験のみに依存せず、全体的なフレームワークにのり、ダイナミックに問題解決ができること』が重要であるということである。
ある意味、正しくリスクを取らないことが、一番大きなリスクであることを知っておきたい。
経営者のPDCAはまさに仮説・リスク分析・対策・評価の繰り返しである。
リスクへの真摯な対応姿勢は現場の緊張感を維持するために効果的である。
次回も引き続き「経営者に求められるもの」について考察して行きたい。