心理的に抑圧された状況での経済活性化は非常に困難が予測される
東北地方太平洋沖地震後に求められるものづくりを考察する Part1
3月11日(金)に発生した、東北地方太平洋沖地震の被災地の関係者の皆さまに心よりお見舞いを申し上げると共に、一刻も早い復興をお祈り申し上げます。
まさに未曾有の国難である。3月初めに今の日本の状況を予想した者はいなかったであろう。
被災された方のことや今後の日本のことを考えると本当に心が痛む。
少しでも役に立ちたいと思い、支援物資調達のボランティアをやらせて頂いているが、
最初の1週間は全く手のつけられない状況だった。
「何とかしなくては」「何か行動しなければ」と言う焦りだけが空回りし、眠れない夜が続いた。
デマが流布され日本は翻弄される。
社会におけるネットの有益さと恐ろしさの両方を垣間見た様な気がした。
呪文のように「水・灯油・食料・衣料・薬」を繰返し、ボランティアで休日も駆け回ったが、
2週間目からは全国的な買占めが発生し、支援物資調達もままならなくなってきた。
福島原発問題は長期戦の様相を呈し、関東では計画停電も始まった。
常に心の中は重い重石が乗せられたような閉塞感で満ちており、
日本の未来を憂う心は「この国を救いたい」と言う気持ちだけに支えられていた。
3週目になると状況もある程度明確になり、その損害の大きさに愕然とする。
最終的には2万人を超える死者が出ることを覚悟する。
こんなに多くの人が同時に亡くなったのは、日本では第2次世界大戦以降にはありえない。
「一体、日本はどうなるのだろう」と言う不安に苛まれながらも、
「いま一つひとつできることをやって行くしかない」と皆が心に言い聞かせる。
先週は「過度な自粛」が問題になり始める。節電など本当に必要な自粛は行われるべきであるが、
批判を恐れての過度な自粛は経済復興を萎縮させてしまう。
世間に不謹慎と叩かれるのは恐いし、
できるだけ現金は手元に置いておきたいというのが国民や企業の本音ではないだろうか。
だが自粛一辺倒では日本経済の早期復興はありえない。
長々と書いたがこれは筆者の震災以後の心の流れである。
たぶん読者各位も同じようなものではないかと思う。
しかし我々はこの未曾有の国難に打ち克ち、
この国の未来を拓いて行かなければならない使命がある。
復興に向けて心を一つにし、効果的な施策を展開して、
より良い日本を再構築する努力を始める時である。
これまでにもこのコラムで述べてきたが、「日本は製造立国」であり、
今後の日本の経済復興を支えて行くのは製造業であると信じている。
この震災を経て、日本のものづくりの弱点がいくつも露呈したし、
改善して行かなければならない点も明確になった。
個人的には今後のものづくりのグローバル化、
サプライチェーンの見直しや生産効率向上などのアプローチはさらに重要性を増すものと考える。
本コラムでは今後数回に分けて、震災後の日本のものづくりが求められて行くものについて考察してみたいと思う。
最初に明確にしておかなければならないのは、今後の経済動向に対する読みであろう。
経済のマクロな流れを把握すること無しに、各企業が効果的な対策を講じることはできない。
震災の被害の全貌がまだ明確でない現在、今後の経済動向を語ることはデータ不足であり、
その確実性を欠くものであるかも知れないが、これまでの政府、日銀、シンクタンクなどの見解、
そして阪神大震災後の事例などを交えながら、客観的に取りまとめてみたい。
「震災の影響を考慮し、2011年の経済成長率予想を+1.4%から+0.8%に下方修正」
(大和総研)など、今後の日本経済は震災の影響で成長率が低下するという見方が大勢である。
やっとリーマンショックから立ち直りを見せた日本経済にとって今回の震災は成長への大きな重石になるであろう。
まだ試算は明確ではないが、総被害額を25兆円規模だと想定すると、
2010年の日本のGDPが479兆2231億円であるから、
今回の震災がGDPに与えるインパクトはGDP比5%強となり、懸念される影響は甚大である。
しかし今後も予断を許さないが、日本全体としての2011年の実質GDP成長率を
マイナスに予測する分析筋はないし(もちろん今後は分からないが)、
阪神大震災の時にも実質的には半年後から確実な経済成長へと転じたことも事実である。
楽観は許されないが、過度な悲観も不要であると考える。
「政府は、4月の月例経済報告で景気の基調判断を下方修正する方向で最終調整に入った。
東日本大震災の影響で、個人消費や企業の生産が急激に落ち込んでいるためだ。
景気判断の引き下げは6か月ぶりとなる。政府は3月23日に公表した3月の月例経済報告では、
景気が持ち直しているとの判断を据え置き、
「地震の影響が懸念される」と併記するにとどめていた。しかし、内閣府が8日に発表した景気ウオッチャー調査で全国的に家計や企業の景況感が大きく悪化するなど、
震災の影響が確実に広がっていることから、景気認識を修正せざるを得ないと判断している。」
(読売新聞)
13日に発表される政府の景気の基調判断に注目したい。
今回の震災がGDPに与える影響予測を分類してみる。
1.実質GDPの押下げ要因:▲1.8%以上
今後の実質GDPを押し下げる要因は5つある。
(1)サプライチェーン停滞による生産減(2011年実質GDP押下げ幅:▲0.3%)
(2)計画停電による生産減(同:▲1.1%)
(3)消費者マインド悪化等による個人消費の下振れ(同:▲0.4%)
上記が3つのメインシナリオであるが、更なるリスクシナリオとして
(4)仮に5円の円高・ドル安が進行(同:0.1%弱(2012年度は▲0.3%)
(5)今後、原発事故の被害が拡大した場合の悪影響(予測不能)
2.実質GDPの押し上げ要因:+1.3%程度
復興事業が本格化し、実質GDPを押し上げ
-失われた有形固定資産を3年間で回復すると想定(同:+1.3%)
・固定資産形成(住宅):9000億円/年
・固定資産形成(非住宅):5兆2000億円/年
3.ネットベースの実質GDPに対する影響:▲0.6%以上
と試算できる(大和総研)。原発問題が長期化の様相だが、
それに風評被害や計画停電の長期化などが加わると更に状況の悪化が予測される。
もう少し掘り下げてみよう。
(1)サプライチェーンの停滞による生産減
サプライチェーンの停滞により一番大きな影響を受けるのが自動車産業である。
震災発生後1週間で、自動車産業は部品供給停止を受けて、一部操業が停止し、
最近では海外の工場にもそれは拡がりを見せている。
自動車は2~3万点の部品で構成され、汎用品の占めるウェートが低く、
安全性の問題からも部品の代替が難しいことがさらに状況を複雑にする。
今後の日本経済に与える影響を定量的に評価するには早急であるが、
2011年度における自動車生産台数の激減は避けられないであろう。
これに伴う労働分配率の低下や雇用の削減などの問題も早晩に表面化してくると思われる。
日本の製造業はサプライチェーンの最適化を前提に徹底した在庫削減を行ってきたが、
この震災を通して、その前提条件や方向性の転換を余儀なくされる可能性がある。
(2)計画停電による生産減
産業発展のバロメーターに電力消費量が語られる事は多いが、
裏を返せば安定した電力供給ができなければ、企業の稼働率は低下し、
日本全体での実質GDP減に繋がる事は明白である。
既に関東地方では、計画停電が実施されているが、最終的に今回の計画停電が1年間継続すると、日本のGDPは3.3%減少(1ヶ月間の計画停電により、GDPは0.28%減少)することになる。
今後は(1)夏休みの延長や分散化、(2)総量規制の導入、(3)電気料金の値上げ、(4)液化天然ガス(LNG)の活用、(5)サマータイム制導入、(6)操業時間のシフト(夜間操業)などの検討を通じて、夏季の電力不足を回避することが喫緊の課題となる。
(3)消費者マインド悪化による個人消費下振れ
過去の事例(1995年の阪神大震災、2001年の米国同時多発テロ)における個人消費の
動向を検証すると、個人消費の下振れはあくまでも一時的で、
1四半期後には着実に回復に向かっている。
しかしながら、今回の震災は、過去の事例と比較して、
日本国民に与える心理的なダメージは大きく、
生活必需品に対する需要が一時的に高まる局面はあっても、
原発問題や風評被害などが長引けば、消費活動を抑制する可能性は否めない。
心理的に抑圧された状況での経済活性化は非常に困難が予測される。
以上のようにマクロの経済動向予測は決して楽観を許さない状況である。
しかし徒な自粛はさらに経済復興の鈍化を引き起こし、
日本の経済的なダメージは更に拡大する恐れがある。
まずは状況を正しく把握し、適切な対策を積極的に講ずるべきであり、
そのためにも政府は適宜、正確な情報を開示する必要が求められている。
次回はもう少し踏み込んで、震災後のものづくりのあり方について考察してみたい。