震災で露呈したものづくりの課題


東北地方太平洋沖地震後に求められるものづくりを考察する Part2

早いもので東北大震災から2ヶ月が過ぎようとしている。
津波にのみ込まれて行く映像が繰返し報道された仙台空港も再開し、
東北自動車道、東北新幹線などの交通インフラも驚くべき速度で復旧してきている。
「日本の国力の底力」と「日本人の民族としての秀逸さ」を、
我々日本人自らが再認識した2ヶ月であったのではなかろうか。
この2ヶ月の日本と同じ状況が他国で発生したとしたら、間違いなく大暴動であろう。
2010年1月に発生したハイチ大地震の死者は22万人とも31万人とも言われているが、
震災発生後の飢餓や暴動による犠牲者も数多く含まれている。
人間には誰しも「自己防衛本能」があり、己を守るための行動を起こすものであるから、
ライフラインを絶たれた極限状況のハイチでは人間の生存本能のぶつかり合いによる激しい騒乱が起こったのであろう。

しかし日本ではそんな話は聞こえてこなかった。
もちろん私的義援や公的支援活動の早さが功を奏したのかもしれないが、
インフラの壊滅に加えて、福島原発問題や計画停電などの過度の不安を抱えた中での
日本人の秩序ある振る舞いは世界を驚愕させたと思う。
実際、この2ヶ月は日本が世界で一番ストレスと不安を抱えた国であったことは間違いがない。
しかしそれを受け入れ、人の和をもって正面から向き合うことができる日本人は本当に素晴しい。
日本に生まれてきた事を、日本人である事を本当に誇りに思う。
今後は一刻も早い東北の本格的復旧を願っている。
そしてそれは早晩、必ず実現されるものであると信じている。

一方、今後の経済動向については、震災の被害が明確になるに連れて、
従来よりも厳しい見通しを立てる向きが増大している。
震災被害の規模も20兆円~25兆円に達する見込みであり、長引く福島原発の問題、
計画停電、滞る部品供給など今後の経済への影響はまだ予断を許さない状況である。
その様な状況下で日本の企業経営のあり方も変わらねばならないし、
製造業におけるものづくりも、これまでのやり方の繰返しでは存続が危ういと言わざるを得ない。
まさに今回の震災から学び、更に堅牢な体制を構築しなければならないのである。
特に製造業は今回の震災で大きな課題が露呈した。
それは過去の教訓が活かされていないものであったり、全く新しいものであったりと多様であるが、
ここではまず今回の震災で明らかになったものづくりの課題を整理してみたい。
課題は多岐多様に亘るがある程度、集約してみると

(1)設備や建屋が被害を受け、ものづくりができない。
(2)人的な被害により、ものづくりができない。
(3)直近の手元運転資金が準備できないので、ものづくりができない。
(4)インフラの損壊により、ものづくりができない。
(5)原材料の調達ができず、ものづくりができない。
(6)取引先もしくはそのサプライチェーンが破壊され、ものが売れない。
(7)消費者の購買意欲の低下により、ものが売れない。

などに分ける事ができると考えている。

(1)については直接的なハードの被害であるが、
製造業にとってはものづくりの術を失う訳であるから切実な問題である。
またこの問題を復旧するためには多額の資金投資が必要であり、
今回のような広域に亘る被害が同時発生した場合には、一気に設備復旧需要が高まり、
需要と供給のバランスが崩れ、企業再建が長期化する恐れもある。

(2)の人員の損失に関しては中期経営の問題となる。
現場の技術者は短期間では補填できる問題ではなく相応の教育と経験が必要であり、
単に人を補充する事だけでは品質や生産性(コスト)が劣化し、
新たな問題を発生させる可能性は否定できない。
特に標準化の進んでいなかった企業は、ものづくりや管理ノウハウが個人に帰属した状態なので、
その個人を突然に失うことは死活問題になる。
また直接的に被災していない企業でも、福島原発問題の長期化により、
外国人労働者を中心とした現場作業員の離脱が問題になっている企業がでてきていると聞いた。
外国人はあくまでも金を稼ぐために来日しているのであるから、
今回のような問題が発生した場合には、現場から離脱したいと考えるのは当然である。
横浜の中華街では中国人店員が多数帰国したらしい。
言葉が通じにくい日本において生死に関る情報に不足する事態が、
日本人以上に彼らの不安を喚起する事は間違いない。
外国人労働力を失うことは、コスト高に繋がって行き、製品競合力を失う要因になりかねない。

(3)に関しては震災関連での倒産企業が増加している事からも推察されるが、
今後半年の間さらに甚大な影響を受ける企業が増えるであろう。
日本の企業はようやくリーマンショックからの出口を見つけたばかりであり、
その不況下で企業の体力(特に資金面での内部留保)を損耗しているので、
手元の運転資金が十分でない企業が多いのではないか。
これに円高が拍車を掛けているので、潤沢な資金を持たない中小製造業にとっては早期の事業再開の可否が、そのまま企業継続の可否の問題と重なってしまう。
これがサプライヤーの倒産の場合、部品供給を受け、
最終製品を製造しているメーカーにとっても死活問題である。
政府や日銀、金融機関などの早期の対策を期待したい。

(4)のインフラの問題は社会インフラと企業インフラの両面に弱点が露呈している。
交通や通信、金融、行政などの社会インフラの崩壊は大きなインパクトであり、
製品を作っても輸送の手段がない、通信インフラの崩壊で受発注ができなくなる、
金融システムの崩壊によって代金の決済ができなくなるなどの問題は大きい。
また社内のコンピューターシステムの損壊により、オンラインでの受発注ができなくなる、
所要量計算ができなくなる、受注残や在庫、生産計画、売掛金や買掛金などの
基本データを把握できなくなるなどの企業インフラのトラブルも大きなリスクである。
昨今の企業経営ではネットワークやコンピューターシステムに業務依存する比率が高いので、
これらの早期の復旧は事業再開に向けた重要課題であろう。

(5)の原材料の調達ができないことは、日本の製造業にとって致命的である。
現に経済産業省や日銀、民間シンクタンクでも、震災後の経済を押下げる最大要因に、
この問題をあげるところが多い。
筆者が震災後に弊社のクライアントから直接に聞いた話では、この問題が一番多いように思う。
「需要があるのに材料がないから作れない」と言う嘆きは日本中に蔓延している。
これについては、また別の機会に論じたいと思うが、
日本の製造業がこの問題を企業経営のリスクであると認識すべき場面が過去に何度かあった。
阪神大震災や中越地震、もっと小さなレベルで言えばアイシン精機の火災などで
トヨタの工場が一時期、操業停止に追い込まれたことなどである。
阪神大震災の直後も、サプライヤーの被災により、部品供給が停止し、
そのサプライチェーンに関連する企業が、連帯責任の如く大きな損害を被った。
その時も地理的・地政学を考慮した複数購買の必要性などが言われたが、
結局、日本のものづくりは「系列」であり、またコストダウンや品質管理の強化、
発注業務の簡素化などの要求によって、SCMのリスクを考慮した購買制度の構築には到らず、
さらにリーマンショックやアジア諸国との競合によるコストダウン要求の高まりが、
購買ロットをできるだけ大きくまとめたいと言う現場の意思となり、
震災以前の供給体制を維持せざるを得なかったと言える。

また海外での部品製造・調達なども、国内で求める品質に到らず、
本格的なグローバルでの数購買の対象にはならなかった。

(6)は前述した⑤の裏返しである。
これは日本に限った事ではないが、系列を重んじる日本ではその傾向が顕著であろう。
取引先もしくはその取引先に部材を供給するサプライヤーが被災することにより、
最終製品の生産が困難になると、他のサプライヤーは被災していないのに大幅な生産減である。
この時に系列に深く組み込まれている(売上構成比が特定の取引先に偏った状態)と、
その被害は甚大である。
「系列」をリスクと見なして、売上構成が特定の企業に偏らないようにする施策を
とっておくべきなのだが、新規取引の敷居が高い日本では
なかなか売上先を分散させることは容易ではない。

(7)は過剰な自粛によって経済規模が縮小することによって引き起こされる。
こうした大きな危機においては、個人も企業も消費は手控えて、
できるだけ手元に現金や資金を置いておきたいと考える。
しかしこれが長期化すると経済成長は鈍化もしくは停滞してしまう。
経済の復興の為には、消費者の購買意欲を高める事が重要であり、
昨今のグローバル化の中では消費者は国内外に存在すると考えるべきである。
特に日本は高度成長のアジア新興国に近い位置にあるので、
その新興国の成長と国内の消費者の購買意欲をリンクさせたいところである。

簡単に震災で露呈したものづくりの課題を整理したが、
次回はその問題への具体的なアプローチについて考察してみたい。