アクシデントは何の前触れも無くやってくる


東北地方太平洋沖地震後のものづくりを考察する Part3

福島原発の状況が思わしくない。
震災直後に原子力発電関係で著名な大学教授と話をさせて頂く機会があり、
その時に「福島原発の問題は必ず長期化する。故に業績には腰を据えた抜本的な対策を講じる必要がある、小手先の対応では今後の日本の国のあり方自体が世界から疑問視されてしまう」との主旨の話を伺った。

筆者は原子力に関しては門外漢であるので、
「そうは言っても2週間以内に大きな結果が出るものだろう」と想像していていたが、
氏の仰るように、まさに長期化、東電が出した工程表の信憑性の無さから
「2年を超える問題になるのではないか」と危惧してしまう。

政府が出した今年の実質GDP成長率も+0.6%予測であるが、
これには福島原発の問題が工程表通りに終息する前提であり、
換言すれば経済を悪化させる不確定要素の一番は福島原発問題の長期化であると言う事である。
まさに日本経済は未曾有の危機に直面していると考えるべきであろう。
しかし、今回の内閣不信任案に関連する一連の政治的混乱どうだろう。
まさに日本政治史に残る世紀の茶番劇であったと言わざるを得ない。
ここで筆者個人の政治的信条を述べるつもりはないが、
あまりにも無責任で国民不在の政争には怒りを通り越して、悲しみすら感じてしまう。
これまでの震災後の政府の対応を見ると、明らかにリスク対応能力が欠如しており、
菅直人氏に危機を乗り切るリーダーシップがあるようには思えない。
復興そっちのけで首相の座に固執する姿を被災地の方はどう見るのであろうか?
しかしそれを非難する自民党は今の原発を政治主導で作り上げた張本人である。
長年に渡る地元への利益誘導型癒着行政のツケを、
自らの反省なしに現政権に付け替えようとする姿勢は醜い。
日本国民は政治に興味がない。「政治屋」はたくさんいるが、
本当の「政治家」など日本にいないことを国民が一番知っているからだ。

これからの我々には「個人、家庭人、社会人、日本人、アジア人、地球人」の6つの枠組みが必要であるとグロービス大学院の堀学長に聞いた。同感である。
ものづくりも同じ枠組みでのグローバル化が進んでいるし、
今回の震災が更にそれを加速するだろう。
故に今回の原発問題を個人や日本だけの問題で考えてはいけないのだと思う。
我々はこの困難な問題をしっかりとアジアや地球の問題と考えてゆかねばなるまい。
次の選挙の事しか頭にない政治屋には決して分からないだろう。
企業にもリスク管理が必要である。
危機に直面した時に本当の経営者や企業の力が問われるのある。
正確な情報を迅速に開示し、ビジョンを明示し、
具体的な施策に日付を入れることが求められるのだろう。
しかしアクシデントは何の前触れも無くやってくる。
そのためには、正しくリスクを予想し、あらかじめ対応策を決めて置く事が必要であり、
その具体策が、今回のテーマ「BCP(事業継続計画)」である。

BCPとは事業継続計画(Business Continuity Plan)の事で、
企業経営の中で突発的な事故や事件が起こった場合に、
その企業の特定された重要な業務が中断しないための事前対策、
または万一業務が中断した場合にも、目標とする復旧時間内に、
その業務を再開させるために立てる対策、計画の事である。
(1)業務中断による顧客の喪失
(2)マーケットにおけるシェアの低下
(3)企業の評価や信用の失墜防止、ブランドの維持
などを目的としている。

阪神大震災、新潟県中越地震、福岡県沖地震、宮城県沖地震など、
日本は近年でも大きな天災に見舞われてきた。
天災に伴い企業活動停止を余儀なくされ、直接的に被災しなくても部品供給で支障を来たし、大きく業績を低下させたり、廃業に追い込まれた企業も少なくない。
地震多発国である日本で企業経営を行う限り、
これらの天災と向き合う事は重要なリスク管理である。
また9・11の米国同時多発テロ事件の際、米国企業でBCPが一定の効果を創出したことから、取引先の日本企業にBCP対策の提示、実施を求める海外の企業も増えている。

日本企業では従来、天災などの事故に対しては防災対策が実施されてきた。
また行政では昭和36年に「災害対策基本法」が施行されて以来、
遂次、内容は改定されている。
BCPは防災対策とは、取り組み方や適用範囲、意思決定の方法などにいくつかの相違点がある。
人命の確保、安否確認、備蓄物資、耐震補強、防火対策などは当然、BCPにおいても重要視されるが、それらに加えてBCPには次の要点がある。

(1)地震対策、水害対策、火災対策などの現場の防災オペレーションに加えて、
原料や部品供給停止、システムトラブル、SARS、新型インフルエンザなど、
原因を問わず操業が出来ない、社屋が使えない、資材が入手できないなど事故が発生し、
機能が停止したことを想定した対応策をとる必要性がある。

(2)経営継続に必要な重要業務を絞り込む。
災害時には人・モノ・資金・時間と言う経営資源に制約が生じるため、
どの業務が企業経営にとって緊急かつ重要なものであるかを経営者が判断し、
継続する重要業務に優先順位をつける。判断に当っては企業の供給責任、社会的責任や利益、シェア、ブランド、賠償責任など様々な要素を検討する。

(3)目標復旧時間を設定する。影響度分析(BIA:Business Impact Analysis)を行い、全体のどれくらいの量をいつまでに継続または復旧するかを決定し、その実現に叡智を絞る、
なおBIAは重要業務の絞込みにあたっても有効である。
(出所:TRC EYEvol85 東京海上日動リスクコンサルティング)

従来の防災では各職場・工場の被害軽減を中心に対策が行われたが、
BCPでは業務の絞込みなども含めて全社的な判断が求められるため、
より経営者の意思が重要になる。
故にBCPは対策と言うよりは、経営戦略の一部であると考えるほうが自然である。
しかし日本では度重なる天災にも関らず、BCP導入への取り組みが少ない。
政府では内閣府が「事業継続ガイドライン」を公表し、
経済産業省も「情報セキュリティに関する事業継続計画策定ガイドライン」を公表している。
また国際的な動きでは「緊急時対応とBCPに関する国際標準規格ISO 31000の開発、
及びリスクマネジメント関連用語集であるISOガイド73の改正などが実施されているが、
中小製造業にはいかにも取り組みのハードルが高い。
と言うよりもどこから着手すべきかが明確でないので、取り組めないと言うのが現状であろう。
ではまずBCP導入のプロセスガイドラインについて簡単にまとめてみる。

●方針
「方針」は、自社が、なぜ、事業継続に取り組むのか姿勢や考え方を示すとともに、
BCP 作成・BCM に 取り組むことにより達成しようとする目標を明確にする。

●ビジネスインパクト分析(BIA)
「ビジネスインパクト分析(BIA)」は、特定の脅威等の原因にとらわれず、業務の中断により組織に 与えるビジネス上の影響を、定量的な金額ベースでの分析だけでなく、
中断時間の経過による会社の 信用度やイメージへの影響度など、
業務に金額に換算できない影響を定性的に分析し、
業務ごとの目 標復旧時間と継続・復旧の優先度を決定する。

●生き残り(事業継続)戦略
「生き残り(事業継続)戦略」は、ビジネスインパクト分析に基づき、
継続・復旧の優先度の高い「製品」や「サービス」などの「業務別」、
単一の事業であれば「顧客別」に、「いつまでに」・「誰が」・「ど こで」
・「どうやって継続・復旧するのか」・「そのために必要な資源は何か」を具体的に検討し、いかなる状況においても活用できる汎用性の高い生き残り(事業継続)方法を検討する。

●リスク分析・評価
「リスク分析・評価」は、脅威の種類別に被害の発生する可能性と、
被害が発生した場合の影響の 度合いを分析・評価し、
会社の機能を停止させる重大なリスクを把握する手法。
また、把握した 重大なリスクに対しては、既存の事前対策を整理し、
より効果的な事前対策を講じることにより、脅威からの被害を回避し、
損失をおさえる対策を検討する。

●事業継続計画の策定
「事業継続計画」は、生き残り(事業継続)戦略や対策において、
特定された事業の目標復旧時間及び、 生き残り(事業継続)方法を効率的に達成するために、
具体的な行動手順に落とし込み、一連の行動に必 要な資源を整理し、文書化する。

●対策の実施
「対策の実施」は、特定された事業の目標復旧時間及び、
生き残り(事業継続)方法を効率的に達成するために、一連の行動に必要な資源を準備する。

●教育・訓練
「教育・訓練」は、策定した事業継続計画書を社内外に理解してもらうとともに、
各担当のメンバーが緊急・継続・復旧活動に際し、各自の役割と責任を十分理解する必要がある。
また、実際に 危機に直面した際に、生き残り (事業継続)戦略を発動できるよう、
緊急・継続・復旧手順を文書化した事業継続計画書が本当に活用できる内容かどうか、
定期的にテストする。

●点検・更新・是正
「点検・更新・是正」は、策定した事業継続計画書がいかなる状況においても活用できるように、定期的なチェック及び訓練等で抽出した課題をもとに、事業継続計画書を修正し、維持管理する。

●経営者の見直し
「経営者の見直し」は、訓練・点検等の結果をもとに、また、事業や組織変更等にあわせて、経営者による見直しを踏まえ、計画を修正・追加し、継続的に改善する。
上記は横浜市が作成したBCP導入のガイドラインであるが、PDCAを継続的に実施し、
現場の意識改革も含めた定着化と経営戦略としてのトップの強力な関与が重要である事が分かる。

次回はBCPを現場に落とし込む実践的アプローチについて考えてみたい。