人を育てる事は難しい


生産管理の裏側にあるものを考察する(3)

神無月に入ってから、日本全国はめっきりと秋めいた日が続いている。
急な冷え込みで衣替えが遅れてしまうと体調を崩す人が増えるが、筆者も例外ではなく、
一昨日まで家ではTシャツに短パン姿で朝方まで仕事をしているうちに風邪をひいた。
熱は無いが、喉の痛みと軽い咳。風邪は早めに治すに限るので、昨日は久しぶりに朝寝に午睡と、睡眠三昧の一日を過ごした。
今日は体調も回復して、休日でもいつも通りに自宅で仕事をしているが、
生活時間もいつものペースに戻り、現在は午前3時半である。
最近は完全な夜型モードに入っているので、早めに昼型に戻したいのだが、
なかなか一度刻まれた体内時計は戻らない。

先月からFaceBook(以下FBと略す)を始めた。
一応、IT企業経営者なので周囲からは当たり前の様に「FBのアカウントを持ってますよね?」と言われるが、実はまだFB初心者である。
MixiやFBに代表される「SNS」は新しいコミュニティの形だが、
未成熟なネット社会上に構築されるので、いろんな問題やリスクを孕んでいると言えるだろう。
しかしそれをクロスオーバーするFBの可能性の大きさには驚嘆すべきものがあると感じる。
先日も36年ぶりに幼稚園から中学までの同級生にFB上で再会した。
彼とメッセージを交換するうちに、小学校の恩師の近況が分かり、
近々、彼と一緒にご自宅を訪問させて頂くことになった。
まさにFBの面目躍如である。
普通に生活していたら、こうした再会は、余程強く恣意的に動かない限りあり得ないだろう。
FBは過去・現在・未来に渡る「人の縁」を偶発的なものから、必然的なものに変える力を持っているのではないだろうか。
しかしこうした道具は使い方次第で社会的凶器や犯罪の温床となる可能性もある。
今後の法的整備や利用者モラルの成熟が望まれるだろう。

さて今回は「生産管理の裏側にあるもの」の第3回目であるが、これまでにも多数のご意見、
ご質問、叱咤激励を頂いた。
頂戴した意見には、大いに耳を傾けるべきものもあり、またたくさんの気付きを頂いたと感じている。
裏側と思っていた事のさらに裏側があることも教えて頂いたりで有難く感謝申し上げたい。

では今回の話に入って行く。

6.無理強いは何も生まない。
前回も書いたが、現状を変えることには誰しも抵抗感がある。
特に何年、時には数十年も連綿として形成されてきた暗黙知とも言うべき「現場の掟」を変えることには凄まじい抵抗感が生じる時がある。
しかし取り巻く環境の変化が激化しているものづくりの現場や経営では、変化しないと言う事は、
事実上、退歩と同じであるから、改革は継続しなければならない。
だが前述のように改革や改善には有形無形の抵抗が付き纏うものであり、
意志の強いリーダーほど強引で短兵急な変化を強要し、
現場との力の綱引きを繰り返すうちに気力を消耗して、
改革が頓挫してしまう場合が多いことも事実である。
改善や新しいシステム導入などを行う場合には、関係各所との十分な合意形成が重要である。
トップの意向はマネジメントを通じて、現場への十分な説明が必要であるし、
製造部門は営業や設計部門、場合によっては間接部門と十分な相互理解の上に改善を進めて行かねばならない。

つまり改善とは事前の合意形成に十分な時間を投じるべきであり、
特定の関係者の説明不十分で一方的に進められる改善は、
必ずと言って良いほど頓挫するものと言え、新しい生産管理システム導入も然りである。
合意形成とは「組織全体で目的や目標を共有し、
目標達成の為のプロセスにおける役割と供出すべきリソースのコミットメント」である。
場合よっては指揮権や意思決定権の明確化も含まれる。
ここで重要なことは、一部の推進者の強引な改善の無理強いでは
新しいものは何も生まれないと言う認識の必要性である。
改善は全社で一丸となって行うものであり、
特定の突出したメンバーのみで実現するものではないと言う事は理解しておきたい。
相互の十分な理解の上に成り立つ改善で無い限り、その創出される効果は限定的であり、
所期の目標を達成する事は難しい。
合意形成とは「欲求の同化」であり、簡単に言えば「望みを合わせる」と言う事と言える。
マズローの「欲求5段階説」をご存知だろうか?


人間の欲求は最下層の生理的欲求から始まり、
最終的には自己実現や幸福追求の欲求に至るが、
下位の欲求が満たされてこそ、初めてその上位の欲求が生まれると言う理論である。
満足に飯が食えない状態(生理的欲求レベル)では、
とても志の実現(自己実現欲求レベル)に考えは及ばず、下位の欲求から、順次満たされて、初めて上位の欲求実現に取り組む意思が現れると言う事である。

マズローの説は人間を対象としたものであるが、
それはそのまま組織に置き換えることができるのではないだろうか。
組織を維持して行くだけで精一杯の「組織の生理的欲求」から
「安定した状態で組織運営を行いたい」「他の部門との協働意識を形成したい」
「大きな効果を創出し評価の高い組織になりたい」、
そして最終的には「自らの組織の弛まぬ成長を実現したい」と言う風に組織の欲求は成長して行くものと考えるのが自然である。
故に組織の改革にはこうした欲求の同化は必須である。
改革を行う場合に、現場は生理的欲求レベルであるのに、
マネジメントがいきなり自己実現の欲求を求めても、レベルが異なりすぎて、改革は上手く進まない。
得てして強力なリーダーシップにありがちな「俺が、俺が」と言う独善だけでは、
どれほど声を大にしても、現場はその改革の価値を共有できないのである。
改革を始める前には、決して志を低くせよとは言わないが、実行プロセスの視線を現場に落としてやる必要性は高いのではないか。

現状を正しく認識し、最終の目標は高く掲げつつも、組織としての1つ上のレベルへ確実に成長して行くことが心掛けるべきである。言い換えれば
「人が望むことを、自らが望んで行なえば、ならぬ事など何も無い」
「現場が望む改善を、会社が望んで行なえば、できぬ改善など何も無い」
「顧客が望む製品を、自社が望んで作れば、売れぬ製品など何も無い」
と言う事ではあるまいか。

「要求を同化して、無理強いを行なわない。」
書いてしまえば簡単な事であるが、これを実現するためにこそ、
しっかりと将来の成長と現状認識に優れた強い精神力がリーダーに求められるのであろう。

7.理解させると言う事
成長する組織は必ずと言って良いほど、充実した教育の仕組みを有している。
組織は個人によって構成させているのであるから、個人を成長させる事は、
組織全体の成長に繋がる。昨今の企業経営では技術的な教育だけでなく、
企業理念や人的素養の教育などが重要視されていて、自己啓発支援も盛んである。
教育とは「教えて」「育てる」ことであるが、言い換えれば「伝えたい事」を「理解させる」ことであり、そのためには「理解させる」と言う言葉の意味をしっかりと定義しておかなければならない。
一般的に伝える内容は簡単でも、本当に理解させると言う事はなかなか難しい。
筆者が「理解する・させる」と言う話の時に必ず例示する格言がある。
「小人の学ぶや、耳より入りて口より出ず。口耳の間はすなわち四寸のみ、なんぞもって七尺の体を飾るに足らんや。」
と言う荀子の言葉であるが、非常に含蓄のある言葉であると思う。

「つまらない人の学びとは、単に知識が言葉として耳から入り、口から出て行く。
口と耳との四寸しかないのに、言葉としてだけ出入りする知識が、七尺もある大きな自身の教養となりうるものであろうか」。

少し意訳であるが、荀子が伝えたかった言葉の本質は外していないと思う。
教えたい事が、単に言葉として理解され、言葉として返されえてくる間は、
相手の本当の理解は得られていないと言うべきで、本当に理解させるとは、
「教えたい事が、言葉ではなく、行動や態度に表現、具現化された状態である」と筆者は考える。

5Sなども、「整理・整頓・清潔・清掃・躾」と言う行動が、
唱えるだけの改善で終わってしまってはならない。職長から口うるさく言われるので、
仕方なしに現場の整理整頓や清掃を始めるのでは、
本当に5Sの意味を理解しているとは言えないだろう。

5Sの向こう側にある真の目的、例えば「見える化」「労働衛生」「品質管理強化」「コストダウン」などを理解した上で、自らの自律的改善で実施される5Sこそが本当に有効な5Sである。
これは5Sの本当の意味が理解されているから成せることだろう。
しかし理解させるためには大きな労力と忍耐力を必要とし、
自己のモチベーションを維持することは大変である。
いくら懇切丁寧に教えても、相手の理解の度合いが必ずしも比例するとは限らない。
時には現場から「分かりません」「できません」「知りません」などという
ネガティブな言葉が返ってくることもあり、これが繰り返されると、
教える側の精神的エネルギー(モチベーション)が枯渇して、諦念を生じざるを得なくなる時もある。

だがここで気をつけたいのは、このネガティブな言葉も、実は出所が2つあるということだ。
「できません」と言う部下の言葉も、「やろうとしてもできないのか」「やろうとしないからできないのか」
と言う言葉の出所の違いで、当方の対応は大きく変わってくる。
「できません」と言う同じ発音の言葉であっても、
全く意味が異なる事を理解しておかなければ教育はできない。一歩進めれば、
良い上司は、この「2つの言葉の出所の違い」を聞き分ける事ができるので、
部下に正しく理解させる事ができるのではないだろうか。
人を育てる事は難しい。しかしこれからの企業経営や社会成長に中では、
最も重要な事の1つであることは間違いない。

今回の締くくりとして、太平洋戦争時の連合艦隊司令長官であった山本五十六の言葉を掲げたい。
「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」

次回に続く