人を大切にする会社


雨の温度が変わった。
季節の変わり目の感じ方は人によって異なるものである。
花鳥風月や陽射し、日没までの時間、衣類、街の声、TV番組などいろいろあるものだが、自分は雨の温度の変化に、それを一番感じている。
本稿を書いている今日も外は雨だが、感じるのは「春の雨」。
如月(2月)の雨と弥生(3月)の雨は明らかに違う。
雨の冷たさ、降り方はもちろん音も違うように思う。
冬が終わって、これから暖かくなって行くと言う、誰もが持っている期待感がそう思わせるのかも知れない。

「弥生」の由来は、草木がいよいよ生い茂る月「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が詰まって「やよひ」となったという説が有力だそうだ。
他に、花月(かげつ)、嘉月(かげつ)、花見月 (はなみづき)、夢見月(ゆめみつき)、桜月(さくらづき)、暮春(ぼしゅん)等の別名もある。
企業には決算月を3月にする企業が多く、またそれに伴う人事異動で送別会が多く、一般的には3月と言えば卒業式だ。大きなイベントを結実させる月を3月と言えるのかも知れない。

3月が終わりの月だとすれば、4月は始まりの月である。
弊社も大学を卒業した新しい仲間を8名、迎え入れることになっている。
企業を経営していて楽しみなことはたくさんあるが、新しい仲間を迎え入れることは、最も楽しいことのひとつだ。
あわせて来年度の新卒採用のための企業説明会も始まった。
先週は大阪本社での1クールで4回、学生の前で話をさせて頂いたが、そこには大学で教壇に立つのとは異なった難しさがある。

学生向けの会社説明会で伝えたいことはたくさんある。
若い人の前に立つ時は、自分の思いの丈を含蓄のある言葉で伝えたいと思うのだが、気持ちが先走って、情熱だけが前に出てしまい、終わってから大いに反省することも多々ある。
「情」と言う心の熱さが、その温度で人を動かすこともあるが、「知」と言う一種の冷静さが、学生の未来に明るさを添えることもあるだろう。この「知」と「情」のバランスを間違えた時に、自分の独りよがりになってしまったのではないかと不安になってしまう。
我々のようなベンチャー企業は、そのトップのあり方やその人生観の見え方が、企業イメージの多くを占めてしまうので、企業の代表として、しっかりとしたパーソナル・ブランディングを行う必要があり、今後、そのトレーニングは重要性はさらに高まるだろう。

さて、今回は新卒採用に関連する話をしてみたい。
「大卒の3年3割」と言うのは新卒採用後の離職率である。
せっかく就職したのに(企業側から見れば採用したのに)、3年以内に30%以上の新入社員が、会社を離れてしまうのが現状だそうだ。
これは就活戦線の矢玉を潜り抜けてきた新入社員にとってはとても不幸なこと事であるし、採用や教育に時間やコストを投じてきた企業にとっても不幸なことだ。
特に補充要求を出していた忙しい部門では、それまでの部門努力が水泡と帰してしまい、また時間を掛けてリトライを行わなければならなくなる。
場合によっては人手不足で大きなビジネスチャンスを逃してしまうことがあるかも知れない。

こうした「3年3割の離職」が発生するのは何故だろうか?
理由はいくつも考えられるだろう。
働く価値観の多様化やキャリアアップを目的とした転職、特に終身雇用が当たり前ではなくなったことや外資系企業の日本での事業展開に伴うヘッドハント、経営のグローバル化などが労働の流動性を高めてきたと思われる。

しかしこうした「正の転職」が、転職全体に占める割合は僅少であり、その大半が就職活動におけるミスマッチから生じる「負の転職」ではなかろうか。
新入社員の側から見ると、「想像していた内容と現実の業務が全く異なる」「サービス残業が多い」「入社してから分かった社風に合わない」「職場における人間関係がストレスである」など入社前に持っていた期待感が満たされないことによって生じる理由が多いだろう。
また採用した企業側からすると、「多大な採用コストと教育の時間を掛けたのに」「組織に溶け込もうとはしない」「働くことを軽視している」「我慢が足りない」などの不満が噴出する。
結果として、採用Naviを運営している会社だけが儲かって、それ以外のステークホルダーはみんながlose-loseの関係になってしまう。これでは企業も新入社員も、誰も得はしない。
特に再就職環境の厳しい新入社員は、さらに厳しい環境に立たなければならない 。
なぜ企業と学生の間に、ミスマッチが発生するのか?
これにもいくつかの理由が考えられる。

  1. (1)働く価値観が変化し、学生は給与や福利厚生も重視するが、事業の社会性を通じた、自分の社会貢献や労働環境(サービス残業や社風、人間関係など)をさらに重要視する傾向の増大。
  2. (2)事業内容や労働条件は事前に確認できても、社風や人間関係などは入社しないと分からない。
  3. (3)打ち続く不況の中で、企業側が十分な教育を行えないまま、新入社員は前線に即投入される。
  4. (4)ゆとり教育の弊害で社会的耐性の不足。
  5. (5)逆に新入社員の過保護。

など多岐に渡ると思われるが、一番大きな原因は「未来の接点を探すことなく、現状の接点のみで行われる就職活動」ではないだろうかと考えている。

就職活動では基本的に「企業の現在」と「学生の現在」を中心にマッチングが行われる。
会社説明会では、会社の業績、沿革、資本金、業務内容、給与、福利厚生、採用プロセスなどが人事担当者から説明されるが、これは企業の現在(もしくは過去)を表すものである。
また面接では、学校で学んだこと、大切にしてきたこと、保有資格、クラブ活動、企業への志望動機などが質問されるが、これも学生の現在と過去を確認するものである。
一部で、未来に対する希望などの質問のやり取りが行われる場合もあるが、内容が抽象的過ぎて、未来の接点共有までには至らない。

これら一般的なアプローチとしては正しいが、時間の経過とともに、それぞれの現状(現在の状況)は変化して行くことを前提としておかねばならないのではないだろうか。
企業と学生がお互い相互理解を深めるプロセスとして、過去や現在の確認は有用であるが、時間の視野がこれだけで止まってしまう採用に「3年3割」の原因があるように思う。
本来であれば相互に現在の接点を探すことと並行しながら、将来に接点があるのかを探す必要がある。
企業は激しく変動する経営環境の中で変遷して行くものであり、また学生から社会人になった新入社員も、社会の一員として、新しい価値観を持ち、成長(それに伴う苦難)と言う変化を始めるものである。つまり現在で出会った企業と学生は、その瞬間から未来に向けて変化を始めると言うことだ。

会社と言う組織の中で働き始めると、当然、学生の時と同じような価値観(一概に甘いと言えないが)でいることは難しい。給与をもらっている限り、仕事にはプロであるべきであるし、自分で判断し、組織の決断を促さなければならない場面に遭遇する。
これは非常に厳しく苦しい期間だが、一人前の社会人になるためには、誰もが通り抜けなければならない局面だろう。

しかしここで就職活動における当時の価値観の共有のみで繋がった雇用関係は、相互不信に発展してしまう場合が多い。
「こんなはずではなかった」「こんな話は聞いていなかった」「十分な教育を行わない会社に騙された」などの不満が、時間の経過とともに「このままやって行けるのだろうか」「自分はこの会社に向いていないのではないだろうか」と言う不安や疑問に変わってしまう。
ここに「3年3割の離職」が発生してしまうメカニズムが存在する。

どれほど意志が強くても、出口の見えないトンネルに入ると不安に耐えられなくなる。
いつ終わるのか分からない、報われることが無いかもしれない努力の繰り返しと時間の消費には、いつか心が萎えてしまう。故に人が耐える為には「計画」と「目標」が必要なのではなかろうか。
採用でも同じことであろう。新入社員が学生の価値観を社会人のそれに変える努力が出口の無いトンネルではだめだ。その努力の目的やその未来にある共通目標が必要だ。
採用の段階でしっかりとした未来の接点を共有しておく必要性がある。

「人を大切にする会社」「採用に力を入れている会社」を標榜するのであれば、学生がこの未来の接点を見つけることができるような努力を行うべきであり、学生と企業が現在と未来の両面に働く価値を見つけることができれば、3年3割の離職率は少しでも低下するに相違ない。
企業の未来の在りたい姿や価値観を一番確かに伝えることができるのは、その企業のトップではなかろうか。
「一期一会」と言うが、就職活動における会社説明会は、まさに一期一会である。その一期一会を無価値で終わらせないためにも、トップがその考える未来をしっかりと語るべきだと思う。
最終面接で初めて、相互の本質が触れ合うのではなく、初めて出会ったその説明会から、全力で、会社の行く先を語るトップこそが、「人を大切にする会社」「採用に力を入れている会社」の具現者であり、ヒト・モノ・カネと言われる経営資源を豊かにする経営者であろう。
筆者も必ず会社説明会では、自分の言葉で学生たちに語りかけるように心掛けている。
求める人物像は「3つのC+C」

  1. (1)Creative(創造力)
  2. (2)Concentration(集中力)
  3. (3)Communication(伝達共有力)

これらを発揮するための
(4)Courageous(勇気ある)

と言う3C+Cであるが、これらの背景にある「己に正しく生きる」と言う姿勢の必要さを理解してもらいたいと考えている。
正しいとは人によって異なるし、同じ人でも時間によって変わる。
しかしどの局面においても自分が正しいと思うものを実行し続ける勇気がなければ、社会人として、組織に迎合し続けるだけの人生を送らなければならないことを伝えたい。
企業と人(それが学生であったとしても)の出会いから新しい価値を。

それが会社説明会であっても、学生の今後に何らかの気付きを与えることが、人を大切にする企業の始まりではないだろうか。