人生100年時代を生きる。

 また師走がやってきた。
歳をとると時間が経つのが早く感じるが、これは科学的に証明されていると読んだことがあるが、今年は本当にあっという間の1年間だった。

 「師走」とは師(僧侶や御師)が忙しくなることが語源であるらしい。
また12月は師走のほかにも、
・ 晩冬(ばんとう)
・ 三冬月(みふゆづき)
・ 梅初月(うめはつづき)
・ 春待月(はるまちづき)
・ 歳極月(としはすづき)
・ 苦寒(くかん)
と呼ばれたりするが、これらはすべて陰暦の上に成り立っているので、1~3月が春、4~6月が夏、7~9月が秋、10~12月が冬であり、12月は一番最後の冬の月ということになる。実際の気候では1~2月が一番冷え込むが、暦の上では師走で冬は終わりであり、来月からは新しい春を迎えることになる。
迎春とは何度聞いても、心が厳かになる響きである。

 話は変わるが、先日ショッキングな記事を読んだ。
『韓国が世界で初めて、出生率1.0以下に突入』という記事だが、これには本当に驚いた。日本でも出生率低下の問題がいわれており、2017年の出生率は1.43、2016年に続き2年連続で出生数は100万人を切った。

 国の人口を維持するための合計特殊出生率が2.07~2.08とされているなか、韓国は世界で初めて1.0(合計特殊出生率0.98)を下回ったということだ(韓国 統計庁「人口動向調査結果」より)。

 韓国の青年を対象とした意識調査では、「全体の80%が男女平等ではない」「女性の90%が女性に不平等を感じる」と回答しており、相変わらずの男尊女卑(男児至上主義)社会であることもこの少子化を助長しているらしい。

 人口学的には、女児100人に対し、105~107の男児が生まれるのが自然性比である。しかし韓国では1980年代中頃から男児の出生数が急増しはじめ、1990年の出生時の性比は、男児116.5となった。地方都市に限れば、慶尚北道で130.7、大邱で129.7と異常な数値。ちなみに第3子以降の出生性比は男児が193.7まで跳ね上がる異常事態である。韓国・国立中央医療院の崔アンナセンター長は、「80年代当時の韓国社会では男児至上思想がはびこっていた。更に超音波検診の導入により、妊娠早期での性判別が可能となり、(夫婦、家族の意思による)女児に対する堕胎が実施された」と言う。この当時の女児選別堕胎が、現在の低い出生率の原因となった。

 韓国の人口は約5000万人だが、このままいけば80年後の2100年には1800万人まで減少するとの予測データもある。(HARBOR BUSINESS Online「韓国、出生率0人台の衝撃。その背景にあるものとは?」より抜粋)

 日本もこれを対岸の火事として黙視していることはできない。
少子化が進む日本は、2050年にはGDPがメキシコに抜かれ世界第8位になり、ナイジェリアとほぼ同等になると予測されている。これは少子化=人口減少ということが、国力を下げてしまう重大要因になるからだ。

 日本や韓国のように急激な経済成長を行ってきた国にある現象だというが、一人っ子政策を実施してきた中国もこの例外ではなく、日本や韓国の数十倍の潜在的危機を持ち合わせているといえるだろう。

 一方、人口で言えば「少子化」と合わせて「高齢化」も大きな問題であることは周知である。出生率が下がる中、平均寿命は延び続け、社会全体の高齢化が進んでいる。高齢化により社会保障の負担が生産人口にのしかかり、国として収支のインプットとアウトプットがバランスしなくなってきている。

 社会では働き方改革などで、「国民一億総活躍の時代」などが取り上げられ、「人生100年時代」といわれる中で、我々もこの高齢化に合わせたライフプランや人生戦略の変更を考えていかねばならない時代の到来である。実際のところ「人生100年時代」などといわれても、1960年生まれの私にはあまりリアリティが無かった。しかし私の一世代前まで、100歳まで生きられる人は、人口全体の1~2%であったのに対し、2007年生まれの世代では、107歳まで生きる人は50%になるという予測が出ている。

 60歳で退職し、20年の余生を過ごすことを前提に人生設計されてきた私の世代にとっては、劇的な社会変化であり、我々の世代はもちろん、今の若年層も人生100年時代を前提とした人生設計を行っていかねば、豊かな人生を全うできない時代の到来といえるであろう。

 「こうした社会変化をどう捉え、どのように対応していけばよいのだろうか?」と考えている中で、「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)」リンダ・グラットン(著)という本に出合った。2016年に発刊された世界的ベストセラーで、書評に惹かれて2016年に購入していたのだが、多忙に紛れて、なかなか読むことができなかった一冊だった。

 先々月、偶然に「働き方改革におけるITの役割」をテーマとした講演依頼があり、その時にこの本を思い出し、参考として読み始めたのであるが、寝るのも忘れて一気に読了してしまうほど面白かった。

 この本の中では「人生100年時代」における社会や人生の変化に対する興味深い考察が多数あるが、私が納得した論点を2つほど紹介してみたい。

 1つ目は「マルチステージの必要性」である。
我々より1つ上の世代では、人生のステージが「教育→仕事→引退」というほぼ単一(シングル)なステージに固定化されていた。これらのステージを人生70年で一回転させるのであるが、簡単に言えば「大学を出ていれば、その後の人生は自動的に付いてくる」という終身雇用が前提となったサイクルであっただろう。

 しかしこれらは人生を70年~75年に設定したステージの在り方であり、人生100年になると同じサイクルを繰り返すことに無理が生じる。実際に2019年に入って、トヨタの社長や経団連会長などからも終身雇用終了の可能性に言及する発言などもあり、これまでの一般的な人生設計の足元が揺らぎつつあることを感じる。

 そのような中で、本著では「マルチステージ」を提唱している。人生が100年になると、80歳まで働くとしても、終身雇用にこだわれば同一企業に60年近く勤務しなければならない。60年近くとは半世紀プラス10年ということであり、これは本当に現実味のある人生なのか、満足できる人生であるのかと疑問を感じてしまう。

 現在は技術革新が加速され、収穫加速の時代といわれている。AI、IoT、協働ロボット、X-Tech、RPAなどの最新技術が働き方やその向こう側にある人生自体の価値の変化を加速している時代なのである。

 技術革新は進み、情報量は爆発的に増加、そして人生100年の高齢化である。学生時代に受けた教育やその時代に習得した知識の余韻だけで人生を全うすることは非常に困難な時代であるといわざるを得ない。同じ仕事に60年近く従事することの価値を否定するわけではないが、私自身として、やはり飽きるし、知識や経験も陳腐化し、チャレンジする心を失ってしまうような危惧を感じてしまうので、どこかでこの流れを断ち切り、60年間の働く期間をいくつかのステージに分けて、複数回のチャレンジをしてみたいと考えることは当然のように思える。

 本著の中では「インディペンデント・プロデューサー」(個人事業主のように自分で仕事をする人)、「ポートフォリオ・ワーカー」(複数の企業、または組織において同時並行に働く人)というステージを設け、一度、サラリーマンという立場を離れ、数年の起業やフリーランスを経験し、そこで得たものがまたサラリーマンとして活かせるものであれば、もう一度、サラリーマンとして働くというスタイルを提唱している。

 これまでの「教育→仕事→引退」という固定化されたシングルステージを捨てて、「教育→サラリーマン→休み→教育→サラリーマン→引退」というように、いくつかのステージを流動的に繰り返し、変化と成長を継続させる人生設計を行うことを本著ではマルチステージと呼んでおり、人生が100年になるとすれば、非常に合理的な考え方であるように感じる。

 2つ目は「積極的な無形資産の形成を行う」である。
著者は、人生100年時代を幸福に過ごすためには、お金、有価証券、家、車など金銭換算が可能な有形資産だけではなく、健康、仕事のスキルやノウハウ、人間関係や人脈、経験などの無形資産を重要視することを提唱している。ここでは詳細に触れないが、その無形資産を「生産性資産」「活力資産」「変身資産」の3つに分類している。興味のある方は、また独自に検索して調べていただきたい。

 著者が指摘する「不健康で孤独な老後」というのは、数十年にも渡るハードワークで体力や健康状態が悪化し、人間関係が会社中心の偏向である日本人には大いにあり得ることだ。無形資産とはスキルであり、健康、人間関係などを指すので、我々は終身雇用の仕事や会社中心の生活ではなく、自分自身を豊かにして、無形資産を含蓄する人生を送るように心掛けたいものだ。

 その為には、本業(仕事)から十分に自分を隔離し、自分で自由に意思決定をできる時間を持つことが必要であり、働き方改革以前からいわれていたワークライフバランスを十分に整える姿勢を怠らないということが重要であろう。ワークライフバランスを保ち、自分で意思決定できる時間を作ることができれば、十分な睡眠も取れるし、病院やジムに通うことも可能で、それは健康という無形資産を形成する。また子供のイベントへの参加や家族のアニバーサリーの開催などによって家族の絆は強化され、仕事以外の出会いを増やす時間を作れば、老後の人間関係は決して孤独なものとはならないであろう。

 また、人生が100年になって老後が伸びれば、経済的にも負担が増加する。先般も、年金だけでは老後を過ごすのに2000万円不足するという話が話題になった。我々の親世代では、給与の4%を貯金すれば老後は安泰といわれていたが、現在は給与の25%を貯金しないと安定した生活を送れないそうで、給与の4分の1を貯金に回すなど、現実味を欠いたことに思えてしまう。

 現実的には
① 著者の唱えるマルチステージで長く働くことができるようにする
② 時間を有効活用し、副業や共稼ぎを行う
ということで、ここには確たる人生100年戦略が必要であることはいうまでもない。人生が100年に伸びるからこそ、しっかりとしたポリシーのもとに、時間を最大限に有効利用しなければならないということだろう。

 日本は少子高齢化が最初にやってくる国である。
我々が少子高齢化に対応していく先駆け国家にならなければ、今後の未来は暗い。

 リンダ・グラットン著の「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)」は一度、手にしていただきたい一冊として推薦したい。

2019年12月 抱 厚志