歴史は繰り返す、故にその系譜を学ぶ

 新型コロナもピークアウトし、まん延防止重点等措置は令和4321日をもって全ての都道府県において解除となり、日本全体を見れば一服感もある。しかし、隣国の韓国は連日60万人を超える新規感染者数であり、中国では深圳や長春などの大都市でロックダウンが実施され、今後の感染拡大は予想されており、世界を見渡せば、まだまだ気が抜けない状況にある。韓国の場合、毎日60万人の新規感染者が発生しているという事は、日本の人口に置き換えると約150万人/日が新規感染している事になり、本当に恐ろしいばかりの感染拡大だと言わざるを得ない。早すぎた飲食店利用の制限緩和が理由の一つにも挙げられているが、飲食店などのサービス業や接客業も経営継続のギリギリのラインに差し掛かっているので、そう簡単に制限を強化するわけにはいかないだろう。

 本当に新型コロナは厄介だ。
日本もいずれはやってくる第7波は避けられないだろうし、ウクライナ情勢も合わせて、世界の政治・経済の状況は、その混迷の度合いを深めていくことは間違いがない。経営者として、今一度しっかりと気持ちを入れた取り組みを行いたいと思う。

 さて、今回は私事になるが、私が登壇するオンラインセミナーのご案内から始めたい。来る421日(7月6日開催に変更1330分から、Zoomのウェビナーで「経営工学、管理工学の過去から学ぶ生産管理史~産業革命からDXまでの改善の系譜を辿る~」というタイトルで講演を行わせて頂くことになっている。

 アダム・スミスの国富論で説かれた「分業のすすめ」から、ホーソン実験、ギルブレスの動作経済の原則、フォードのコンベアライン、戦後のTQC、トヨタ生産方式、近年のIndustry4.0、現在のDXまでの系譜を全体的に俯瞰することを目的としてセミナーを企画した。当日は時間の関係で、古典(1800年頃)~2000年までの話が中心となるが、もし講演が好評であったら、2000年以降~現在の現代編にも取り組んでみたいと考えている。

 一般的に生産管理セミナーでは、トレンドやテクノロジーの事例を取り上げるものが大半で、生産管理の古典や系譜などに言及する講演はあまり聞いたことがない。かくいう私自身も、DXIndustry4.0AIIoTなどのトレンドをテーマに取り上げることが多かったが、昨年、企業内教育および起業家教育の動画ラーニングコンテンツの企画・制作・運営を手掛けるアントレプレナーファクトリー社(本社:大阪市本社/嶋内秀之社長)とご縁があり、コラボで製造業向けの教育動画コンテンツを作成する機会を頂いた。そこでは生産管理システムはもちろん、生産管理業務やものづくりの基本などにも踏み込んだシリーズを約100本制作したが、私はいつも通りDXや最新のテクノロジーを中心に50本近くの講師を務めさせて頂いた(これは以前の志士奮迅「不老不死を求めず、正老正死で生きる」に書いた)。嶋内社長との話の中で、最新トレンドと合わせて、これまでの生産管理の系譜を振り返るような動画を1本織り込みたいと申し上げたところ、「それは面白い」と快諾を頂き、一番長編となる撮影を行うこととなった。

 生産管理は管理工学や経営工学、生産システム工学など多岐にわたる分野と関係しており、いざ資料を集めてみると、その膨大さに驚くと共に、自分が「点」として理解していた生産管理のイベントを系譜という「流れ」の中で理解する必要性を強く感じ、いつかリアルでも生産管理史というテーマで話をしてみたいと思ったのが、今回のセミナーの起点である。

 私がよく引用する言葉に、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」(プロイセン王国・ドイツ帝国宰相:オットー・フォン・ビスマルク)という一節がある。大概の人間は、歴史を俯瞰するような高い視座で行動を取らず、自分の経験に基づいて価値判断を行うのだろう。もちろん経験もしっかり吟味すれば、その価値を大きく高めることができる。しかし、現在は加速度的な技術進化で、経験を十分に吟味する時間がない時代であるとも考えられる。『収穫加速の法則』(アメリカの未来学者で発明家:レイ・カーツワイル)で唱えられるように、一つの発見や発明が次の発見を引き寄せ、その成長は指数関数的にスピードが上がってきているのは現実である。10年前に今のAIIoT、ブロックチェーンの実用化、メタバースの現実化を予想した者は少なく、まさに3年周期でテクノロジーのトレンドが激変しているのが現状といえる。そのように時間が加速された中では、自分の経験価値の陳腐化も早くなるといわざるを得ないだろう。

 一方、「歴史は繰り返す」(ローマの歴史家:クルチュウス=ルーフス)という言葉も有名だ。「過去に起こったことは、同じようにして、その後の時代にも繰り返し起こる」という意味であり、歴史が集約されてゆく方向性(本質)は常に変わらないと解釈しても良い。作家の半藤一利氏は「日本の国は40 年ごとに負けと勝ちを繰り返してきた」と仰っておられたが、これも日本が歴史を繰り返しながら、国として成長してきたことと同意であろう。時間は常に不純を排除し、歴史は純度の高いもののみを生かしてゆくものだ。我々はこの加速された時間の中で、経験だけではなく歴史に学ぶことが、正しい近未来の予測に繋がるのではないだろうか?

 話は戻るが、生産管理の話にしても、経験(最近のトレンドやテクノロジー)だけから学ぶのではなく、歴史(生産管理の系譜)から学ぶことも重要なのではないかと思う。

 過去のアダム・スミスの国富論もギルブレスの動作経済の原則もフォードのコンベアライン、一方、現在のDX(デジタルトランスフォーメーション)もIndustry4.0も、目指すところに大きな差があるわけではない。合理性を追求し、生産性を高め、コストを下げながら品質を向上させ、製品価値を高め、高い顧客満足を得ること。これはいつの時代にも変わらない生産管理、すなわち合理的な工場経営の目的である。手法やアプローチ、テクノロジーや時代背景は異なっているとしても、企業価値を高める努力としては同じ類であろう。実際に4月の登壇にあたって、資料を取集、精査したが、管理工学の古典的情報でありながら、その意思や方向性は改善という前提のもとで、現在進行形のDXなどのトレンドと変わらないことが分かったように思う。

 現在は過去のリニューアルであり、未来は現在のバリエーションだ。
過去を正しく理解することは、未来に有効な手立てを打つことに直結するといえる。時間に淘汰されない、純度の高いコンテンツは、表面は劣化したように見えても、中身は輝きを失わない。音楽家を志す者は必ず音楽史を学び、美術を志す者は美術史を学び、作者や作品の時代背景、そしてこれまで脈々と続く系譜を史学として学ぶものだ。我々が当たり前のこととして捉えていることにも必ず理由があり、その目的の連鎖が歴史の本質として存在するものである。

 筆者自身は生産管理を語るものとして、最低限の知識は持っていたと自認していた。テイラーの科学的管理法、ギルブレスの経済動作の原則、メイヨーのホーソン実験、フィッシャーの実験計画法、レスリスバーガーの人間関係論などなど、列挙に暇はない。これまで、こうした事績を過去における「点」として理解していたのだが、生産管理史として、それらの「流れ」を意識することによって、見えるものが少し異なってきたように感じている。先達の事績は地層が積み重なるように、少しずつ積み上げられてきた。テクノロジーの発達した現在であれば、データだけ集めさえすれば簡単に傾向分析などができるようなことを、時間を積み重ね進化させてきたのである。そこには飽くなき改善への取り組み姿勢があり、ものづくりを科学的かつ合理的に実現しようとする強い意志があった。古典を学ぶことの重要性は、こうした意志を学ぶことにもあるのではないだろうか?人類の歴史を創るのは人類自身であり、その価値を理解できるのも、それを作り出した人類だけである。科学技術が飛躍的に進歩した中で、古典の思想を学ぶことは、一見アンバランスで役立つものは少ないと感じる方もおられるかもしれない。

しかし再度申し上げたい。「歴史は繰り返す」。
現在は過去のリニューアルであり、未来は現在のバリエーションであり、そこには不変の本質が備わっている。それを知らずして行う改善活動は、あまりにも表層的すぎないか。

 4月(7月に変更)の登壇に向けて資料整理と作成の毎日だが、ここ最近では一番充実している。前述のように時間の制限があるので、今回知り得たことの全てを話せるわけではないが、自らが携わっている改善活動において、「教養としての生産管理史」に興味を持ってくれる人を増やすことができればよいと考えている。現在という歴史の最前線に立つ我々にとっては、過去は認識しておくだけでよいものに見えるかもしれないが、認識だけではなく、理解、咀嚼まで発展させることができれば、現在取り組んでいる改善にももっと大きな価値を見出せるかもしれない。

 歴史は繰り返す。しかし漫然と繰り返してはならない。過去を反芻しながら、未来を大きく開けたものに創造しなければならないと感じている。先達が残した英知を、現在に大きく開かせてゆくのも、現在を生きる我々の使命であると自分にも言い聞かせながら講演に臨みたい。

2022年3月 抱 厚志