志士奮迅

成長は小さな勇気から始まるもの

 猛暑に台風が続き、異常な気象が続いている。海外でもハワイの大規模な山火事が発生するなど、世界中で異常気象が続く。最近10年で確実に気候が変動しつつあることを実感しておられる方も多いのではないか。

 先日、実家に戻った時に、小学校の時の自分の日記が出てきたが、当時の8月の気温は大体33~35度までで、「今日は初めて35度を超えた。暑い一日」と書いていた。現在では35度を超えることは当たり前のことになっているが、50年前に真夏日はそれほど多くはなかったように記憶している。体感的にはここ半世紀で真夏の最高気温は2~3度上がったように感じる。

 地球の温暖化をはじめ、CO2排出問題や都市の大規模化によるヒートアイランド現象など、いくつもの理由が考えられるが、この酷暑の連続では、そのうち地球も人類が生息するには適さない惑星になるのではないかと不安になってしまう。太陽系で一番灼熱の惑星は、太陽に一番近い水星だと思われがちだが、実は水星と地球の間にある金星である。金星は二酸化炭素の分厚い大気に覆われていて、その温室効果で熱が逃げにくい。金星では昼夜問わず、気温は摂氏460度だといわれているが、金星ほどではないとしても、地球もいつか生物が住めない高温の惑星となってしまう可能性も否定できない状況になっているといえるだろう。

 まだ予兆である今のうちに対策を打ち始めなければ、手遅れになってしまう。大きな船は急に止まれないし、急に進行方向を変えることもできないものであり、我々は地球という巨大な船に乗っていることを再認識する必要があるだろう。地球には、ずっと生命があふれる碧い水の惑星でいてもらいたいものだ。

 閑話休題。

 こうした酷暑が続く最近だが、7月は大学で出講することが多かった。昨年までは新型コロナウイルスの影響で、オンラインでの講義が多かったが、今年はリアルでの対面授業が大半である。やはり、対面で学生の前に出ると気持ちが引き締まるし、作成する資料にも一段と力が入る。資料を作りながら、授業の進め方をシミュレーションするのだが、それが楽しい。教える側は教えられる側の5倍の知識を持っていなければならないので、自分自身の学びにも繋がることもありがたい。

 今回は、7月14日・21日・28日の3回にわたって、大阪大学のGLP(グローバル・リーダーシップ・プログラム)で教鞭を執らせて頂いた。

 リーダーシップの基本は、市民の一人一人が社会的問題について責任を持って解決しようとする行動であるが、GLPは改革への思いを共有する市民や各種組織と協力して、人類が共有する公共的価値の実現のために地域や世界で活動する倫理性の高いリーダーを養成することを目的としている。GLPでは5年前にゲストスピーカーとして登壇させて頂いたことがあったが、その時のご縁で、野村美明大阪大学名誉教授からお声がけを頂き、起業家の視点からリーダーシップとイノベーションについて講義させて頂いた。

 GLPの登壇者は、パソナグループ代表の南部靖之氏をはじめ、著名人の方ばかりで、逆に私の方が受講させて頂きたくなるようなデラックスな講師陣だった。そのようなプレッシャーの中で講義をさせて頂けるのは張り合いがあったし、やる気も湧いた。最近の授業は講師からの一方的な講義ではなく、学生を巻き込みながら考えさせ、議論をさせる進行が重要であり、それを意識しながら資料の作成に入った。全3回に統一された視点とテーマが必要なので、自分が起業家であることを活かし、起業家からみたイノベーションとリーダーシップについて解説することを決めたのであるが、資料作成も最初は筆が進まず難渋した。

 言いたいこと、伝えたいことは決まっているので、それを単純に講義シナリオに組み込むことは簡単なのだが、前述のように学生に考えさせて、議論をさせて、伝えたいことの気づきに至るようなストーリーの設計を行わなければならない。自分が分かっていることを相手に気づかせることは、簡単なようで難しいことだ。また自分の経験則だけではなく、イノベーションやリーダーシップに関しても、一般的な学術的知識も提供しなければならない。決して自分のガッツ体験談だけではなく、教養としての知識やフレームワークの提供も行う必要も感じていた。

 資料作成は紆余曲折したが、最終的に
第1回目は「起業家から見るリーダーシップとイノベーションの概要」、
第2回目は「起業家から見るリーダーシップとイノベーションの実践」、
第3回目は「リーダーシップとイノベーションから見る起業家の本質」、
というタイトルにした。リーダーシップとイノベーションの授業を選択する学生なので、アントレプレナーシップが豊かな学生が多いと予測し、起業家という自分の特性と、リーダーシップとイノベーションを双方向から本質的に考えてみるという講義の構成に決めた。また2回目の実践編ではゲストをお迎えすることにし、その調整なども行った。

 講義の場所は大阪大学豊中キャンパス。
 阪急石橋阪大前駅から徒歩20分くらいなのだが、キャンパスまでは坂道を上り続けなければならない。講義は3日とも35度を軽く超える猛暑日で、運が悪いことに駅前のタクシー乗り場にいつも待機している車が無く、大汗を掻きながら、日本陸軍の如く、丘を上り下りの通学となった(ゲストの文美月さんには炎天下を歩かせることになり、申し訳なかった)。

 初回は自己紹介で軽く笑いを取りながら、学生との距離を詰め、イノベーションとリーダーシップに関する一般的な講義を行った。
― ヨーゼフ・シュンペーターの「5つのイノベーション」
― クレイトン・クリステンセンの「破壊的イノベーションとイノベーションのジレンマ」
― ヘンリー・チェスブロウの「オープンイノベーションとクローズドイノベーション」
などを自分の事業や経験を交えながら話をした。リーダーシップに関しては
― リーダーシップとマネジメントは別物であること
― ピーター・ドラッカーのリーダーシップ論
― リーダーシップの6つのタイプ
― PM理論
などについて、議論の中で学生の経験や見識などを引き出しつつ進めた。受講生は文理を問わず全学部からの受講が可能で、1回生25名ほどだった。リーダーシップに興味を持つ学生が多く、起業に興味がある、将来は起業をしたいと考えている学生が7割を超えていた。初回なので、学生にも遠慮がちな様子が見えた。

 2回目は、お互いの慣れもあって講義は盛り上がった。
 この日は「実践編」ということもあり、私が社外取締役を務めている株式会社ロスゼロの文社長にゲストとして登壇して頂いた。文社長のことは個人的に「戦車のような女性経営者」と呼んでいるが、経営におけるイノベーションと突破力は知り合いの経営者の中ではトップクラスであり、私も学ばせて頂くことが多い。

 文社長からのロスゼロの事業内容、社会課題へのアプローチなどの話では、学生が目を輝かせ、文社長と私の対談の中では学生からの質問が数多く交わされた。何度聞いても文社長の話は興味深いし、行動力(突破力)はリーダーシップとイノベーションに満ちていて、学生には大いに刺激になったと確信している。

 そして最終回は、これまでとは逆の視点で、リーダーシップとイノベーションからアントレプレナーシップの本質を明らかにしようとするアプローチである。これは私の得意分野であり、講義にも力が入った。

 人間は社会というキャンバスに自分の内側にあるものを表現したい生き物であり、音楽家は音楽で、小説家は文章で、舞踏家は踊りで自分の内を社会に表現する。起業家という種族は、起業や経営を通じて、自分の内なるものを社会に表現する者たちであるという私の主張は学生たちに解け込んでいき、アントレプレナーシップの本質論においても議論が白熱し、楽しい授業となった。

 受講者には、講義の後に振り返りレポートを提出してもらうのだが、私の伝えたかったことが十分に学生に伝わっていたことが確認出来て、嬉しい気持ちになった。

 学生には本当の「学問」をしなさいと伝えた。
 学問とは「学ぶ」ことと「問う」ことの繰り返しであり、大学で学ぶというインプットをしたら、それを自分で咀嚼し、新しい「問い」を発する。そしてその問いについて考え、行動し、学びを得る。この繰り返しこそが学問の神髄であり、本当に成長する人は、常に良い「問い」を発し続ける人であるということであるが、学生のレポートにも随所にこの記述があり、しっかり伝わったと感じた。

 講義も3週間連続となると、顔と名前が一致し始めて、お互いに情が湧いてくる。最後の講義が終わった後に学生達から「名刺をください」と言われ、「また弊社にも社会見学においで」と答えながら名刺を渡した。さて何人と再会できるであろうか。

 成長は変化であり、変化とは行動、行動は勇気という一点から始まる。
 会社を訪ねるという勇気を持てば、学生は社会との接点を持つことになり、成長に繋がるものだ。学びは必ずしも学内にだけあるのではない。個人的には成長した彼らと再会できることを心から望んでいる。

 私も沢山の学びがあったスリリングな3週間に大いに感謝だ。このような機会を創って下さったGLPの関係者の皆様には、厚く御礼を申し上げたい。

 自分も学びと問いを繰り返して、生涯、成長し続けたいと願っている。

2023年8月 抱 厚志

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