取り組まなければならないのは循環型経済への移行

 先日、還暦を迎えた。
いつも時間に追われ、「生き急ぎ」と言われながら、よく60年も生きてきたものだと思う。まして生存率の厳しい企業経営を27年間も続けることができたのは望外の喜びであり、助力を頂いた仲間や友人に深謝したい。
今回は社員や家族にお祝いをしてもらい、友人や仲間からは1000通を超えるお祝いのメッセージを頂いたが、本当に嬉しく、ただ感謝の思いだけである。

 還暦祝いは奈良時代に中国から伝わり、室町時代から江戸時代にかけて民間にも広まったといわれている。
十二支と十干(甲・乙・丙・丁・戌・己・庚・辛・壬・癸)」を組み合わせた、干支が関係している。十二支と十干の組み合わせは60種類、人間が生まれてから60年経つと、自分の生まれ年の干支に「暦が還る」という意味らしい。暦が還ることと合わせて、自分の人生ももう一度、生きる価値を基本に戻し、原点回帰せよということだろうか。
新型コロナ感染拡大の中で還暦を迎えたことも、もう一度、己に与えられた使命を熟考せよとの啓示なのかもしれない。

 以前にも紹介した『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著)にも人生100年戦略とあったが、まだまだ老け込む歳でもないので、今後もビジネス最前線で戦い抜くための学びと成長を疎かにはしないと心に銘じよう。

 閑話休題、前回はポストコロナのメガトレンドとものづくり白書2020が提起する課題について書いたが、文末に今後のメガトレンドの一つとして「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」を挙げた。今回はその循環型経済への移行の重要性について考察してみたい。

■ぼんやりとした環境問題が切実な現実問題に変わりつつある

 2019年の「今年の人」(米タイム誌)にスウェーデン人のグレタ・トゥンベリさんが選ばれ、国連気候行動サミットの席上で「地球が絶滅を目の前にしているにも関わらず、大人たちはお金のことと経済発展がいつまでも続くというおとぎ話しかしない」「私はあなたたちを絶対に許さない」と発言し、世界中の話題になったことは記憶に新しい。

 環境問題の拡大は以前から問題視されていたが、彼女が高校生環境活動家であったこともセンセーショナルであって、この発言をきっかけに世界中に漠然と存在していた環境問題への不安を一気に現実的な認識と活動に変えることに成功したといえるだろう。

 複雑な環境問題を一夜にして解決する魔法は存在しないことは誰もが分かっている。しかしこのままで人類がいずれ大絶滅を回避できないことも、近年の研究データで明らかになっている。故に人類は問題解決のため、たとえ地道な努力であったとしても、環境改善の取り組みを始めなければならないと誰もが考えている。

 最近、「SDGs(持続可能な開発目標)」や「CSR調達」、「フェアトレード」などのキーワードについて語られることが多い。環境の問題だけではなく、人権、貧困、エネルギー、働き方や経済成長など、多岐にわたり言及されている。

 企業はSGDsへの取り組みを宣言し、金融関係はESG投資などを積極的に推し進める動きを活発化している。

 そして「循環型経済社会構築」への取り組みである。
内閣府では循環型経済社会を『あらゆる分野で環境保全への対応が組み込まれ、資源・エネルギーが無駄なく有効に活用される社会である。同時にそこでは、環境を指向した新たな制度やルールが市場に組み込まれ、活発な技術革新を伴い、広範な分野で市場と雇用の拡大が実現されていく社会』と定義しており、その内の経済活動部分を「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」と呼んでいる。

 現在の経済は、製造業が原材料を加工、組立して製品を生産、販売し、顧客が製品やサービスを消費するだけの「リニア(直線)型経済システム」(一方通行型経済)であり、「Take(資源を採掘して)」「Make(作って)」「Waste(捨てる)」のサイクルを繰り返し、消費により発生した「廃棄」を新たな製品や原材料などの「資源」と捉えず、廃棄物の産出を続けていく仕組みだといえる。

 具体的には以下の通りである。
『2012年を基にした推計では、必要量の1.6倍の地球資源を消費し、実際には使われない製品を産み出している(クルマは2%、オフィス用途では35~50%の製品が使われていない。)
そして、平均9年でそれらは廃棄される(統計には建物の平均耐用年数28年が含まれている。つまり実質的には、多くの製品は9年以下で廃棄されていることになる。結果、その製品から再生資源として回収されるのはたった5%だという。これが「一方通行型経済」の現実であり、最も重要な克服課題として認識すべきである。』
(出典:『Beyond 2025 進化するデジタルトランスフォーメーション』、松井 昌代監修)

 我々、人類の生産、消費活動が地球環境に大きな負荷を与えていることは分かっていたが、このように計数による推計の結果を見ると愕然としてしまう。我々は経済活動を頑張れば頑張るほど、地球環境が悪化するという矛盾と対面しているのが分かる。

■一方通行型(リニア)経済の限界と矛盾

 これは繰り返すほど大きくなる問題と矛盾である。
現在、新型コロナウイルスの感染拡大、それに伴う社会の先行き不安で、世界経済は低迷し、大不況到来が予測されていることは誰もが分かっており、アフターコロナでの早期世界経済復興に向けた積極的な経済活動の再開、活性化を誰もが願うことだろう。しかし、これまで通りの一方通行型の経済復興では、地球環境の破壊を徒に助長してしまう。

 そこで我々が真摯な姿勢で向き合わなければならないのが「循環型社会への移行」であり、サーキュラーエコノミー構築による不況からの脱出、経済復興であると考える。コロナ不況からの脱出を経済転換の好機と捉え、今こそ人類のために循環型経済を作らなければならないという使命感を持った経営が求められるのではないだろうか。

 今回の新型コロナのパンデミックで、間違いなく人々の暮らしやビジネスの様式、総じては社会的な価値観自体が大きく変わることは間違いないだろう。
「タッチレスエコノミー(非接触経済)」が到来し、オンラインのコンタクト、スマートコントラクト、キャッシュレス、AIやIoTの進化による社会のCPS(Cyber-Physical System)化など、それはOMO(Online Merges with Offline)すなわちオフラインの無い世界の恒常化であり、「ニューノーマル(新常態)」といわれている。

 これまで何度も書いてきたように、この新しい社会構造構築を主導するテクノロジーはITであり、その形態をDX(デジタルトランスフォーメーション)と呼ぶ。
故に今回のコロナ不況を機に、一方通行型経済から循環型経済への移行を担うテクノロジーはITである。ITを正しい道徳観や倫理観を持って利用し、正しい方向に発揮されれば、世界はこれまで成しえなかった「循環型経済への移行」を実現し、地球や人類を環境破壊による大絶滅から救うこともできるのではないだろうか。

 確かに新型コロナのパンデミックは大きなピンチであることは間違いない。
しかし数々のピンチをチャンスに変え、それを成長や変革の糧としてきたのが人類の歴史ではなかったか。我々は今、この現在を歴史に試されているのだ。

 このブログにも書いたが、今回のコロナ禍は資本主義的経営の限界を露呈させている。自己的な利潤追従、利益第一にこだわった経営だけでは、アフターコロナを生き抜くことができない。

 これまで数々の経営指南書で書き尽くされてきたが「企業は社会の公器であり、社会的貢献を存在理由とする」ということが、本当に求められる時代が来たのだ。
経営上のテクニックやスキル、メソドロジー、諸々の経営論もあるだろう。しかし一番の根本に「我々は社会、地球の一部であり、それを維持、発展させる責を負っている」、言い換えれば「自社の力だけで生き残っているという考えは捨てて、社会に活かされる企業を目指す」というコンセプトが重要になるのではないだろうか。

■Industry4.0(第4次産業革命)の目的は循環型経済の構築

 そのような中で、ものづくりが循環型経済の構築に果たすべき役割と可能性は大きい。
「Industry4.0が達成すべき目標の一つが、循環型経済実現の手段になることだ」と述べられていたのを読んだことがある。
原材料→設計→資材調達→製造→出荷・配送→顧客における使用・利用→回収→再生資源への加工と原材料としての再投入。この一連のサイクルをインダストリー・バリュー・サイクルというが、これらに付随するマーケティング、営業、保守なども含めて、循環型経済活動の基本的構造となり、全てのフェーズにおいて、無駄を認識し、排除することを意識した活動を行うことが必要となる。

 アフターコロナとは、これまで認識していたがアプローチができていなかった社会的課題に、企業を含めた組織や団体の全てが本気で取り組むべき時であり、ウィズコロナの現在にこそ、問題の本質と自分たちが貢献する方法や手段を真剣に考える時であると思う。

 そのために今、ウィズコロナにおいて、経営トップを中心に組織の意識改革に取り組むべきである。
循環型経済の実現がSGDsで提起されている課題の全てを解決すけるわけではないが、それを中核として社会活動を行えば、SDGsの課題解決に大なり小なりのインパクトを与えることは可能である。もちろん企業がその活動で収益を上げることは必要な事であり、それを否定するものではない。しかし、その事業モデルやプロセスが、大局的な見地からSDGsに貢献できるものでなければならない。
そのためにバリューチェーンに関わる全ての企業や部門、消費者を含めた人々が知恵を出し合って改善に努めて行わねばならないが、そこには「ジリツ」が必要である。

 「ジリツ」には「自立」と「自律」の二つの意味がある。
これからのものづくりは、自らを律しながら、地球環境保全の上に、自らの力で立たねばならないことを表している。

 『企業が社会に果たすべき責任』、それは起業する時に絶対に忘れてはならない事だと思っていたが、還暦を迎えた今、もう一度、原点に立ち戻り、経営者としての責務を考え直したい。

■経済もデジタルトランスフォーメーションをしなければならない

 今後、社会がビフォーコロナに戻ることはありえない。変化はこれからも続いていくだろう。しかし変化をするのであれば、滅亡ではなく、繁栄に繋がる変化をしたいものだ。

『ムダをなくす』
書けば簡単だが、実行するのは難しい。しかし企業や人はムダを意識し行動すれば、必ず循環型経済は実現し、地球を守ることができるだろう。そしてアフターコロナではその意識を持ち、実践する企業のみが成長するだろう。

 今後のDX推進においては意識を高く持ち続けることが重要であり、ITは地球環境を守るテクノロジーでなければならない。

2020年7月 抱 厚志