新型コロナで変わるグローバル事情

■ 刻々と変化する新型コロナへの対応

 新型コロナの感染者数も上下を繰り返しており、残念ながらその収束時期については確たる期限が明示される状況にはない。アフターコロナの定義を、ワクチンや治療薬が開発され、十分な生産量の確保と世界中への確実で迅速な供給体制の確立だとすると、少なくともあと1年半は現在のようなウィズコロナの状況が続くのではないかと思われる。

 海外では、ジョンソン・エンド・ジョンソンやアストラゼネカが開発中のワクチンについて第3相臨床試験開始などの情報も出ており、治療薬やワクチンの開発が進んでいることは間違いないが、一方で従来の10倍の感染力を持つとされる新型コロナ亜種もマレーシアやインドネシアで報告されているらしい。

 まさに状況は一進一退の様相であるが、この状況はこれからも継続され、最終的には新型コロナはインフルエンザと同じような位置付けになり、毎年、新しい亜種に対応する薬の開発の競争が繰り返されることになるだろう。

■ 集団免疫形成の可能性

 一時期、絶望視されていた集団免疫形成の可能性も、ブラジルのアマゾナス州の州都マナウスで、その実現が再注目されているようだ。マナウスでは、今年5月に新型コロナによる死亡数が激増し、医療崩壊が発生。棺の需要は前年の4~5倍に増加したが、5月末に死亡者数がピークに達した後、新規感染件数と死者数は原因不明の理由で急速に減少している。ある大学の調査チームが、マナウスで保存されていた血液について新型コロナウイルス抗体検査を実施した結果、3月に最初の感染者が確認されて以来、人口の44~66%が感染したと推定されると述べている。調査チームの推論では、マナウスではあまりにも多くの人が感染してしまったため、新型コロナウイルスの宿主が不足している状態になっている、すなわち集団免疫が形成され、感性者数や死亡数が激減したのではないかと報告されている。

 PCR検査数を制限する日本やスウェーデンでは大都市のロックダウンなどは行わずに、集団免疫の形成を視野に入れた防疫対策が取られており、マナウスの情報が事実だとしたら、朗報であるといえるだろう。

 いずれにしても、新型コロナによって、社会的な価値観や仕組みなどが大きく変容を遂げ、ニューノーマル(新常態)の到来は既定路線であり、アフターコロナという変革は起こるがビフォーコロナへの回帰はないと強く認識しなければならないだろう。

■ コロナで変わるITのグローバル事情

 自分自身にもこのコロナ禍によるいくつもの変革が訪れたが、その一つが海外との距離が縮まったことを挙げたい。

 飛行機も海外路線はその運行が大幅縮小にあり、人的な往来は制限されている中で、奇異に思われる方もおられると思うが、人的な往来が制限されている分、インターネットを介した情報の往来は確実に増加している。リモートワーク実施などによる自己研鑽の時間の増大、ウェビナーなどオンラインセミナーやバーチャル展示会などの増加で、これまで直接的に踏み出せていなかった分野の先駆者やエキスパートとの接点ができ、最新の海外事情などに触れる機会が大幅に増えてきた。併せて、インターネット経由で海外企業との直接的なコンタクトが増え、現地の生情報を入手することで、新しいBP(ビジネスパートナー)やビジネスモデル開発の可能性が増えてきている。

 こうした流れによりIT業界でも海外事情が大きく変化しつつある。
15年ほど前は技術の先端はシリコンバレー(米国)にあり、中国は廉価でプログラム開発を請け負ってくれるオフショアの国の位置付けであった。その後、中国での人件費高騰もあり、日本から見たオフショア開発は、タイ、ベトナム、フィリピンなどの東南アジア新興国に移っていったというのが、ここ数年までの大きな流れだと思う。

 しかし近年のクラウド普及で、システムインテグレーションやアプリケーションの意味や価値、開発プロセスなどが大きく変化した。これまでは個社の最適化を目指し、独自システムの開発を目的としてきたが、Industry4.0そしてsociety5.0などの概念の登場により、企業や業種の枠組みを超えたボーダレスな繋がりが求められるようになってきている。クラウドのプラットフォーム上にアプリケーションが展開され、それらはAPIで連携しながら、最終的には情報を知識化するためのビッグデータに格納され、CPS(サイバーフィジカルシステム)のコアになっていくことが重要視されるようになった。個社の部分最適へのアプローチよりも、社会や企業間の繋がりをデジタル化し、全体最適による課題へのアプローチが優先される事情になってきているのが現状であるといえるだろう。

 こうした流れに合わせて、IT業界のグローバル戦略も大きく変わりつつある。
これまでのように、日系企業をターゲットとした市場戦略と中国、東南アジアを中心とした新興国からの廉価なプログラム開発を目的としたグローバル化は終焉を迎えつつあるように感じている。

 市場戦略の変化はまた別の機会に意見をまとめさせて頂くとして、今回は供給(開発)側の変化を中心に論じてみたい。

■ 新型コロナで変わる世界のITパワーバランス

 AIやIoT、ロボットなどの最新テクノロジーの実用化でIT先進国の序列は変わった。
もちろん要素技術の開発では、現在でもシリコンバレーなどの米国に優位性があることは間違いないが、それらを応用技術として社会に実装する点では中国が世界で一番進んでいることは間違いがない。

 アメリカやEUでは、個人情報保護(EUにおけるGDPR)を取り巻く課題があり、新しいテクノロジーの社会実装に慎重である。全体主義(社会主義)である中国は、個人よりも政府や政策が重要視されるので、政府主導の展開が可能であり、それは米国やEUとは比較にならないほどのスピードである。個人情報を政府に管理されるリスク以上に大きな利便性を提供し続けているから可能なことなのだろう。

 15年前の中国は、日本のソフトウェア開発においての廉価なオフショア先であったが、今は違う。ITを中心とした社会やビジネスのデジタル化においては圧倒的な先進国であり、日本は3周遅れと言わざるを得ないだろう。新しい内閣がデジタル庁開設に言及していることなども、その危機感の表れであるといえる。

 中国はITの社会実装において、世界のトップランナーであると認めざるを得ない。
第一次世界大戦~第二次世界大戦を経て、世界における覇権は、英国から米国に移動した。個人的には、このコロナ禍や米中の貿易摩擦問題を機に、その覇権が米国から中国に移る可能性を感じている。少なくとも米国と中国の二強の時代であることは間違いがない。中国は先進国でありながら、自国に大きな市場を持っていることが大きなアドバンテージである。これはITの分野で中国と米国を追うインドも同様といえるだろう。こうした状況を鑑みると、残念ながら日本のITもしくは社会のデジタル化は、中国、米国などには全く手が届かない二等国以下であると言わざるを得ない。

 1980年代から2000年前後まで、日本はものづくりで世界をリードしてきた。しかし、インターネットの全世界的な普及に伴い、モノ主流の価値観はサービス(ソフトウェア)を重要視する流れに変わった。日本はモノには強いがサービスには弱く、近年言われている「モノのサービス化」というのは、日本が一番強い部分を捨てて、苦手と思われる分野への「主軸の移行」であると考えなければならない。

 前述のようにITのグローバル戦略は変わりつつある。
1.廉価なオフショア先を探すのではなく、特定分野で突出した技術を持つ海外ベンチャーとの連携を模索
2.オフショア開発はさらなる新興国へ移行
3.日本語を話せるBPを探す限界が露呈し、こちら側が英語によるコミュニケーションを実施する必要性の増大
4.BPの所在地を含めたワールドワイドなリージョン戦略を前提とすること
などが主たる変化であると考えている。

 弊社もこれまでは、中国、東南アジアの日系企業を中心とした市場戦略、ベトナム、フィリピン、インドネシアなどを中心としたオフショア戦略を展開してきたが、ここにも大きな変化が生まれつつあるように感じている。

■ テクノロジーでフラット化する国際社会

 本稿の前半部で書いたが、コロナを機にこれまで全くコンタクトの無かった国と多くのコンタクトを持つようになった。セキュリティ関連ではイスラエルに、そしてイスラエルのオフショア先であるベラルーシに。ベラルーシとコンタクトを取ってみると、東欧が次のシリコンバレーになる可能性を持っていることを知った(その後、ベラルーシは政情不安になってしまったが)。

 そしてその情報を基に、スロベニア、ブルガリア、北マケドニア、エストニア、フィンランドなどの政府の出先機関、現地のベンチャー企業、エージェントなどとの接点を持つことができた。また、ドイツがIndustry4.0を前提にITベンチャー(特に医療分野など)育成に力を入れており、サーキュラーエコノミー(循環型経済)を中心とした独自の進化を遂げつつあることも知ったので、ドイツのITベンチャーとも接点を持ってみた。このあたりは島国日本と異なり、陸続きの経済圏を持つヨーロッパならではのビジネスネットワークの存在が大きい。

 他方で、ネパール企業とのコンタクトも有益だった。
恥ずかしいことだが、ネパールといえばヒマラヤで、ブータンと同じくらいの国力だと思っていたが、実際には人口が3000万人近く、国策でITには力が入れられている。IT技術の先進国であるインドの主要なオフショア先であり、高いITスキルを持ったベンチャーが多く、首都カトマンズには多くの日本語学校も存在する。

 ITビジネスは少ない原資で始めることができ、人材と教育次第で大きく化ける可能性を持っているので、人口が正規分布し、若い生産人口を多く持つ新興国では、国家戦略の中にIT産業の育成を盛り込むことは定石となりつつあるといって良い。

 そういう観点では中央アジアも注目が必要だろう。
弊社でも最近、アゼルバイジャン出身の社員を採用したのだが、その縁もあり、ウズベキスタン、パキスタン、アゼルバイジャンのIT、ロボットのベンチャー企業や出先機関とコンタクトした。彼らはモンゴルが今後ITに力を入れるので注目していると言っていた。これらの国はまだまだ技術的には未成熟だといえるが、強力なアントレプレナーシップを持つ人材が多く、10年後の大きな可能性を秘めているように感じた。

 上記以外に南米のブラジル、エクアドル、そしてオセアニアのオーストラリアのITベンチャーにもコンタクトし、このコロナを機に新しくコンタクトした国は両手では足りない。そしてどの国も官民一体の研究施設や起業支援制度を作り、特徴のあるベンチャー企業育成に取り組んでいる。

 いろいろな接点を作って分かったことは、ITのテクノロジーはワールドワイドでフラット化しており、可能性を持ったベンチャーはもうアメリカ出身とは限らないという事だ。
PCとネットワーク、そして技術とアイデア、熱意があれば世界中のどんなところでもビジネスを始めることができるITは、今後の世界のフラット化を推し進めていくだろう。

 今後、機会があればコンタクトした新興国のITベンチャーなどから得たもの、自分が思い込みで見えていなかったことなどを書いてみたいと思っている。

 「情報は21世紀の石油」と言われるが、企業内ビッグデータだけでなく、出会いなどというアナログな情報で見えていなかったものが見え、新しいビジネスモデルがクリエイトされる可能性にワクワクしている。

2020年10月 抱 厚志