日本のIT投資は未熟である


「ものづくり論」についての考察 Part3

日本企業の情報化投資の立ち遅れについては前述した通りであるが、
この状況に陥った要因をいくつかあげてみたい。

(1)情報化投資に対する期待効果が可視化できないこと。
(2)情報活用を前提とした経営戦略が策定されていないこと。
(3)経営者層のITに関する無知。
(4)頻繁な業務プロセスの変更に伴うシステムの早期陳腐化、維持費の増大。
(5)業務の独自性主張によるカスタマイズ(導入費用)の増大。

などが主たる原因であろう。

(1)についてはテクニカルな面で実現が非常に難しいものである。
我々もよく生産管理の提案時に「システムを導入すれば、どれだけ儲かるのか?」と聞かれるが、
これを計数的に表現するには、かなりの時間を投資した現状分析や新しい業務フローの設計が前提であるので、このフェーズのみを独立して受注できる場合を除いて、営業活動の一環で行える範疇のものではない。

故に大方のシステムは「定量的効果」ではなく「定性的効果」を前提として導入されるのだが、
設定した定性的効果が経営改善に寄与しているのか、否か、
誰も分からないままにシステム構築が進んで行くのが実情で、
最終的には「何となく効果が出ていない感じがする」と言う不条理なフラストレーションが溜まる状況となる。

定量的効果の予測ができればベストであるが、大枠の中で定性的効果が創出されれば、
システム導入としての費用対効果が満たされているという事を担保する前提条件が必要であろう。

(2)については重大な問題である。
前回も書いたがITとは経営戦略を実現するためのツールであり、
その進捗をモニタリングするためのメソッドでもある。
これはIT以前にそれを活用することによって効果が期待できる経営戦略が
存在しているという事であるが、中堅・中小企業における経営戦略は売上高や経常利益に関しては
具体的な数字を掲げるが、その実現方法(戦術)に関しては、ブラックボックスである場合が多い。
登る山の高さは指定しているが、登攀ルートや方法については
現場が独自で判断せよと言っているようなものであり、
往々にして精神論で目標のみが語られる場合が多いように思う。

このような場合、まず認識すべき事は計画とは情報の解析を出発点とし、
具体的戦術としての情報活用を明確にした経営戦略立案を心掛ける事であろう。
企業の人・もの・金を動かす方向舵は情報であり、
計画は常に情報に裏付けられていなければならない。
情報活用なき戦略は単なる市場への特攻であると言っても過言ではない。
情報戦略とは経営戦略のインフラなのである。

(3)についても厄介な問題だ。
認識を新たにしても、一朝一夕で是正されるものではないからである。
日本の製造業の特長のひとつに「分業」をあげることができると思うが、
この分業が「営業畑出身の社長」「技術畑出身の専務」「管理畑出身の常務」などと言う様に経営者自体が自己の出身部署を出所とするスペシャリストを生んでいる。
その中で「情報システム出身の社長」と言うのは殆ど聞いた事がない。
経営とはバランスであり、経営者とは広範なノウハウを駆使しなければならないが、
残念ながらITが経営の重要なバランスに組み入れられる事は少ないし、
ITに造詣が深い経営者も少ないので、ITは常に後回し、
情報システム部に社内アウトソーシング状態である。
要はITとは経営者から見ると別世界であり、踏み込めない領域であると言える。
しかし、この恐れと無知を克服しない限り、真の創造的情報活用はありえない。

経営者がITを技術的に理解することに無理があり、
大局的なITや情報活用の可能性を理解すればよいのである。

(4)は製造業で顕著に見られる傾向である。
製造物が多岐に渡るので、管理対象も複雑であり、生産管理パッケージを導入しても、
大多数は自社向けのカスタマイズやアドオンを行っている。
我々がシステムの商談でクライアントを訪問しても、
「うちは特殊だ」といわれる事が、逆に標準だと感じられるほどである。

またこの企業別の特殊性は、同一の会社においても時間の経過によって様々な変化を遂げるので、
導入に相当の時間が掛かる生産管理システムでは、
システムを構築していく途上で陳腐化が始まることが避けられない。
当然の事ながら陳腐化したシステムの経営に対する貢献度は低く、
短時間のうちにIT不良資産と言われるものに変わってしまう。
しかし最低限のインフラは維持しなければならないので、
継続的に運用費用が発生することを防止する事ができない。
これを解決するためには、

(1)詳細な運用メリットにこだわらず、大局的な導入メリットを前提としたシステム設計を行う事。
(2)導入目的の陳腐化を防止するために、システム開発期間を最大1年と限定し、的確な要求の切り落としによる早期稼動を目指す。
(3)要求をABC分析し、Aに属するコアな業務(要求)のみをシステム化の対象とし、
それ以外のものは別立ての方法で実現すること等を検討すべきであろう。

(5)は(4)の派生形の課題である。
大概のクライアントはシステム導入のためのプロジェクトを発足させた時には、
導入コストを下げるため、またパッケージに業務を 合わせる事による改善効果を享受するために、
「できる限りパッケージソフトをカスタマイズせずに業務合わせて行こう」と示し合わせるのだが、
実際にベンダーからのデモンストレーションを受け、
プレゼンを聞いている間に議論が自社業務の独自性を前面に押し出した、
より細部にこだわるものになり、気がつけばパッケージソフトに合わせるどころか、
ソフトの原形がなくなるまでのカスタマイズを求めてしまう場合が多い。
すると最終的にはベンダーからの提案は高額のものとなり、
それは自らが越えるべきハードルを何段も高く押し上げてしまう事になる。
そうした状況を見た経営層は予想していた投資金額を大幅に越える見積の提示に対し、
投資意欲が消極的になり、効果的な投資は行われない場合が多い。

業務の独自性を押し出したシステム導入は、どう言い訳しても最終的には現状是認である。
現状を改革し、数年後のあるべきものづくりを模索していたにも関わらず、
最終的には中途半端な現状維持に終わってしまう残念な結果となる。

プロジェクトは現場の同意や協力が無ければシステム導入を行う事ができない。
現場と敵対したプロジェクト推進はかなりの難事であろう。
しかし現場は現場であり、見えている視野は自己の業務を中心とした2次元的なものである。
システム構築には組織を立体的に俯瞰し情報連携する3次元的視野、
未来のあるべき姿を追う4次元的視野が必要である。

その為のクロスファンクショナル*1な組織が本来のプロジェクトであり、
プロジェクトは豊かな視野を持ちながら「システム導入により業務改革行う」と言う基本認識を忘れてはならない。

日本のIT投資は未熟である。
しかしこの状況下で強力な競合力を発揮している日本の製造業が、
さらに秀逸な情報戦略を実装できれば、日本と言う国のコア・コンピタンスに
「ものづくり」を据える事ができるのである。

*1クロス・ファンクショナル(Cross Functional)
クロス・ファンクショナルとは、近年の企業組織形態のひとつ。
部門ごとに存在している知識や技法などを部門間で横断的に流通させる事で
組織全体の機能強化をはかる組織形態。
(出展:企業・人材・研修用語集)

はじめに

プロフィール

志士奮迅バックナンバー

2012年

抱 厚志のオススメ本