行動とは勇気、勇気とは確信
「ものづくり論」についての考察 Part4
前回は日本企業における情報戦略の立ち遅れについて説明した。
長年に渡る「情報はタダ」、「戦略なくして戦術ありき」の考え方が、
日本企業の国際的経営競合力を大きく後退させたと言えるだろう。
今回以降では情報戦略と言うものを製造業にフォーカスし、
その中でも特に管理の系譜、生産管理システムの問題点や必要性、
在り方について論じてみたい。
鎖国を解き、日清・日露戦争に勝利し、太平洋戦争には敗北したものの、
戦後の経済的復興の中心を担ったのは製造業である。
時代によって繊維、造船、製鉄、電機、自動車と時代をリードした業界は異なるが、
今の日本経済発展の根幹をなすのが製造業であることに異論はないであろう。
1980~90年代には「ジャパン・アズ・№1」と言われ、
経済大国であったアメリカの経営者が挙って、「日本から学べ」と唱えたこともある。
将に日本の製造業黄金期であった。
ものづくりとは「人類の歴史」そのものである。
人類と猿の大きな違いは「直立歩行すること」「言葉を使うこと」「火を使うこと」
そして「道具を作ること」である。
サルが猿人となり、原人、旧人、現在の人類の祖先である新人に進化してきた過程で、
道具作りも進化してきた。
道具をつくる=ものづくりであり、人類の人類たる「進化の所以」はここにある。
ものづくりは人類進化のDNAの中に刻み込まれていると言える。
(ちなみに道具の出現は1400万年前のラマピテクスまで遡る)
長い間、職人に依存して内向的であった「ものづくり」(家庭内手工業)は、
大航海時代や産業革命の到来、株式会社の出現によって「製造」と言う経済行為に変わり、
利益追求の姿勢は、そこにマネジメントシステムを導入し、
現在の「生産」と言う原形が出来上がったのである。
そして生産に求められる規模が大きくなってくると、そこに組織や仕組みを効率的に運営し、
少ないインプットで最大のアウトプットを求めるマネジメントシステム=生産管理の概念の発達が求められるようになった。
「家庭内手工業」の様なものづくりがシンプルであった時代にも生産管理は存在した。
端的に言えば生産管理とは「PDCAの連鎖」であるから、簡単な道具1つを作るにしても、
計画、設計、工順、納期管理は生産管理であると言うことができる。
しかし「家庭内手工業」のような古いものづくりは現在のセル型生産に近い形であり、
その流れやノウハウの大半は製造者の中に閉じていた。
しかし大量生産と効率化を求める近代の生産管理の基本は「分業」に転じ、
「組織による分業の統制」を重んじるようになるのである。
ここで生産管理における管理技術の変遷を簡単に整理しておきたい。
01.1776年 分業の利益(国富論) アダム・スミス(英)
02.1802年 工場法制定 イギリス
03.1881年 時間研究 テイラー(米)
04.1885年 動作研究 ギルブレス(米)
05.1911年 科学的管理法 テイラー(米)
06.1916年 管理の一般原理 ファヨール(仏)
07.1923年 経済動作の原則 ギルブレス(米)
08.1924年 ホーソン工場実験 メイヨー(米)
09.1937年 オペレーショナルリサーチ(OR)(英)
10.1951年 TQC ファイゲンバウム(米)
11.1953年 コンピュータ生産管理・給与計算(ライオンズ商会)(英)
12.1957年 CPM(デュポン)(米)
13.1958年 PERT法(アメリカ海軍)(米)
14.1968年 PICS・MRP(IBM社)(米)
15.1978年 JIT(大野耐一)(日)
16.1985年 CALS法(アメリカ国防総省)(米)
17.1995年 ERP
以上が簡単な管理技術の系譜であるが、
管理の中心は「設備⇒人⇒組織⇒コミュニケーション」と移行し、
最近ではモチベーション論やメンタルヘルスなど心の領域に踏み込みつつあることも特徴である。
生産管理のもう一つの側面は「情報」の管理である。
特に1942年に世界初のコンピュータが世に登場して以来、
企業や社会における情報管理の中心はコンピュータ・システムにあったと言ってよい。
もちろん製造業においては、1968年の生産情報システム「PICS-MRP」(IBM社/米国)の登場以来、生産管理システムは経営に欠くことのできないものとなっている。
しかし欠くことのできない生産管理システムであるが、成功例をあげるとなるとなかなか難しい。
失敗作が多いのである。
システムが本来求められていた機能を達成する事ができず終焉を迎えるシステムが余りにも多い。
前回に書いたようなマイナス要因が生産管理システムにも当てはまるとは思うが、
成功と失敗の境界線はどこにあるのだろうか。
まず、ここで生産管理システムの規範やあるべき姿について考えてみたい。
01.生産管理システムは製造業における経営戦略を具現化するためのツールである。
02.生産管理システム導入には解決すべき課題が明確化されていなければならない。
03.システムの導入は全社の課題であり、特定プロジェクトの課題ではない。
04.内部統制など新しい法的枠組みに準拠していなければならない。
05.オペレーションや運営は全員参加で行わなければならない。
06.本稼動の納期を遵守しなければならない。
07.導入する企業は人的な成長を求めなければならない。
08.経営者はシステム導入の目的を理解し、プロジェクトに適切な権限を付与しなければならない。
09.システム導入はあくまでも手段であり、決して目的ではない。
10.システムを導入して幅広い標準化を追及する。
などが総合的な生産管理システムのあるべき姿であろう。
01.は経営戦略が存在しなければありえない話である。
まずはしっかりとした3ヵ年の経営戦略の立案が必要である。
経営的な数字はもちろんのことであるが、学習や成長、モチベーションなど人に踏み込んだあるべき姿が欲しい。
02.経営戦略には必ずKGI(業績評価指標)が必要である。
KGIを通じて、解決すべき課題が全社で共有されていなければならない。
システム導入は企業が抱える課題解決の為に行うものである。
03.はありがちな問題である。
経営陣や現場の協力を得る事ができず、
右往左往するプロジェクトは疲弊して有名無実化してしまう。
生産管理はあくまでも全社一丸となって取り組まなければならない問題だ。
04.システム導入は法に準拠していなければならない。
独自の利便性を主張すしすぎて、公共性や社会性を失ってはならない。
05.前述と同様である。
全てプロジェクト任せのシステムなどはあるべき姿とは言えない。
現場も相応の責任を果たしてこそ、全員参加の生産管理が実現する。
06.プロジェクトの徒な長期化は何のメリットもない。
導入コストを押し上げ、運用を複雑にするだけである。
プロジェクト完了の納期遅延は経営リスクとして考慮しておかなければならない。
07.どんなに良い車でも、ドライバーの運転技術に依存する。
同様にどれほど高機能なシステムであったとしても、運用する人間の技量が落ちる場合には、その導入効果は限定的なものにならざるを得ない。
人的成長とシステム導入成功は比例する。
08.経営者から任命されたプロジェクトの導き出した結論は、経営判断と同じ重みがあるとしなければならない。
経営者は常にプロジェクトの状況を把握し、その実施の為の権限を与えなければならない。
経営者が理由無く、気分の趣くままにプロジェクトの判断を覆すなど言語道断である。
09.これもユーザが良く陥る現象である。
システムの構築に囚われすぎて、所期の改善事項が忘却されてしまうパターンである。
「そんなバカな・・・」「うちに限って・・・」と思われるかもしれないが、我々がシステム構築で一番たくさん遭遇するのがこの問題である。
システムはできたが、現場の課題は何も解決しない。
もちろん全社的な大ブーイングである。
10.中堅・中小製造業では、管理ノウハウは特定の個人に属人化している場合が多い。
その人が職場を離れる事があれば大混乱で、機会損失や信用失墜は避けられない。
システムはそうした属人的なノウハウを標準化し共有するための効果的なツールである。
団塊世代の退職が相次ぐ昨今では、管理技術伝承は重要な経営課題と言えるだろう。
こうして記述してみると、生産管理はなかなか複雑なものであることがご理解頂けたと思う。
しかしこうした課題を乗り越えて大きなイノベーションを引き起こす事ができた企業は、
間違いなく成長企業となっている。
最終的には成長するためにシステムを導入するのであり、成長とは変化、変化とは行動、
行動とは勇気、勇気とは確信である。
生産管理システムのあるべき姿に確信が持てた瞬間にイノベーションは始まったと言ってよいのではないだろうか。