ものづくりと情報管理は硬貨の表裏


「ものづくり論」についての考察 Part5

前回は生産管理システムの系譜と在り方、問題点について論じてきた。
今回以降は生産管理システムとものづくりの関係を明確にし、
システムが機能的に満たす要件について考察してみたい。

「ものづくり」とは製造、生産と言い換えることができる。
「生産」とは「生活に必要な物資を作り出すこと」「人間が自然に働きかけ、財・サービスをつくりだし、または採取・育成する活動」と言うことであり、「製造」とは「原料に手を加えて製品にすること」と定義されている。
両者に共通の事は、活動を通じて、新しい価値を創生するという事である。

この生産における価値と言うのは多様なものであり、経済的価値であると一意に定義できない。
もちろん製品の売買による経済的価値(収益)は最重要だが、
生産を行う事による利便性の提供や技術開発、雇用の創出や維持などの社会的価値、
顧客を満足させ、生産者自らのモチベーションを高める精神的価値なども軽視できない。
生産とは物心両面において豊かさを求める活動だと言えるだろう。

人類のものづくりの歴史は1400万年前のラマピテクスの登場にまで遡る。
人類の祖先は二本足で直立歩行し、火や言葉を操り、
道具を発明することによってサルとは異なる進化を遂げる事になった。
そして人類が集団を形成し、社会を形作った中で「生産」と言う活動は重要な意味を持つことになる。
生産技術の発展がその後の豊かな生活を形作ってきたのだ。

人類の豊かさとものづくり(生産)は切り離せない関係である。
裏を返せば、環境に配慮し、資源に配慮した「正しい生産」を行えば、
人類はまだまだ発展できる可能性を持っている。
21世紀は真に豊かなものづくりの姿が求められていると言って良いだろう。
ものづくりにおいて正道を求める事は、これからの人類の果たさなければならない使命なのである。

現代社会における「正しいものづくり」には生産管理システムを切り離して考える事はできない。
ものづくりを生業としている製造業にとって、生産の効率化は重要な経営課題である。
生産の効率化の基をなすものは、有効な計画であり、
計画は精度の高い情報管理によって実現される。
その高い精度を持つ情報管理こそ生産管理システムである。

生産管理の系譜については前回のコラムで述べてきた通りであり、
大きな変革期は産業革命直後に起きたことが分かる。
また生産管理システムは、20世紀のコンピュータの登場によって始まったと考えてよい。

初期の生産管理システムは単に事務の省力化、迅速化、
正確性向上を狙ったシステムであり、その利用範囲も限定的であった。
受注、出荷、発注、仕入、在庫の管理が主たる目的であり、
企業の基幹業務である販売管理システムとほぼ内容は等しかった。
当時は販売や在庫管理業務の合理化だけでも十分な導入効果が得られたからである。

しかし1980年代のMRPの登場によって、生産管理システムが求められるものは大きく変わった。
これまでの実績管理を主体とした管理から、生産計画や資材所要量計画などの計画を中心とした管理に移行したのである。
これには製造業を取り巻く環境の変化が大きく起因しており、
これまでの「作れば売れる」(プロダクト・アウト)の時代から、
「売れるものを作る」(マーケット・イン)の時代への移行が主な要因である。

この変化は製造業における管理すべき情報量の増大を意味する。
従来のシステムに加えて、工程管理、進捗統制、仕掛在庫管理、
外注管理などへのシステム拡充が行われた。

さらにマーケット・インは「多品種少量生産」へと変化する。
「必要な時に必要なもの必要なだけ作る」と言う考え方への対応である。
多品種少量生産では、生産計画、原価積算、個別原価計算、
製造実行管理などのシステム需要を生むことになる。
特に原価計算は主たる目的であり、「生産管理システム=原価計算システム」であるように考えられた時代もあった。
バーコードやPOP端末の登場により、生産管理システムは事務所の入力専従者のみならず、
現場作業員のデータ入力を求めるようになる。

こうなれば生産管理システムは将に「全社的命題」である。
あわせて1990年代には「ISO取得ブーム」(あえてブームと言わせて頂く)が到来し、
生産管理システムの重要目的の一つに「品質管理」が浮上してくる。
材料から製品に、出荷ロットから材料ロットにと言う正逆両方向におけるロットトレースやISOに準拠した品質管理基準が必要とされ、QC工程票などもBOMと連携しながら構築するケースが増えた。

その後の「変種変量即応生産」の到来で、スケジューラーによる自動計画立案やトランザクションデータからの需要予測策定など計画中心の管理は進んでいくが、
現在までのところ、この分野では十分な成功を得た企業は少ないのが実情である。
コンピュータ技術が進歩したとは言え、
生産管理における計画系のシステムの複雑さや煩雑さを凌駕する領域には達していない。

2000年のERPブームの火付け役は「国際会計基準の導入」であったが、
ERPの究極の目的は企業経営資源の一括管理による最適配分である。
ここでは生産管理システムは会計や人事、
販売管理システムとの統合化を求められるようになった。

残念ながら「ERPの構築」は、「ERPパッケージの導入」と混同され、大失敗に終わる。
現在でも、ERPブームのシステム不良資産が山積であり、
これが日本における情報化投資の足を鈍らせている元凶となっている。
システム業界においては、常にコンセプトが先行し、その実体が開花するのは10~15年後である。
ERPも数年後にはスタンダードなコンセプトとして、定着されている可能性はあるように感じている。そして現在の生産管理システムはSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)を中心とした
コンセプトが主流である。

ものづくりにおける上流~下流に対し、強固な計画統制を行う事により、
状況変化に強いマネジメントシステムを構築し、
マーケットにおける競合力を形成しようと言う考え方である。

これから推察できるように、生産管理システムは1社に閉じたものではなく、
サプライチェーンに関与する複数社に開いたものとなっている。
このマネジメントシステムに乗れない企業はそのサプライチェーンから排除される運命であり、
製品ライフサイクルにおける時系列的な管理を行えない企業は、
新しい製品の開発を行えなくなってきている。

情報化社会の到来は、企業における情報管理能力を企業競合力に変えた。
情報化社会では情報管理能力(情報活用度と言っても良いであろう)のない企業は
生き残れなくなったのであり、製造業においては、生産管理システムを持たない企業は、
どれほど生産技術的な強みを持っていたとしても、生き残れなくなっているのである。
前述したが生産管理とはPDCAを回し続けることであるが、
昨今ではこのPDCAにマクロとミクロの2パターンが求められている。
マクロなPDCAとは「計画達成ループ」と呼ばれる、従来の
1.PLAN(計画)
2.DO(実行)
3.CHECK(検証)
4.ACTION(対策)

であり、これは経営計画や生産計画に応じて中長期で回し続けるものである。

一方、ミクロなPDCAとはマクロなPDCAに従属し、短いサイクルで回される
1.Problem Finding(問題発見)
2.Display(見える化)
3.Clear(問題解決)
4.Acknowledge(確認)

である。
これは現場に近いところで回転し、「問題解決ループ」と呼ばれている。

この両者を強く結びつけるのが生産管理システムであり、
まさにこのダブルループを社外にまで拡大してみたものが、現在のSCMの原形である。
現在の製造業は生産管理システムを駆使し、
ダブルループを回し続け、改善にアプローチし続けなければならない。

ものづくりと情報管理は硬貨の表裏であり、切り離せない関係にあると言える。

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