初めに目的がないところに、ゴールが存在するはずがない


【緊急提言】生産管理システム導入についての考察 Part3

コンピュータシステムはその陳腐化の速度において、厄介なものである。
自社のシステムの成熟度に関らず、新しいインフラや技術が次々と現れて、
エンドユーザに新たなる情報化投資を求めて行く。
マイクロソフトは不発に終わったVistaに早々と見切りをつけて、Windows7をリリースするが、
処理が軽くなったことやセキュリティが強化された以外の大きな機能強化や魅力は見当たらない。
しかしXPのサポートは打ち切られるし、数年後にはVistaのサポートも打ち切られるであろう。
エンドユーザの事情に関係なくIT業界は変化して行くが、
これは我々のようなパッケージメーカーにとっても開発費の大きな負担となる。
我々はOSのみならず、ネットワーク、データベース、
開発言語、ActiveXなどのバージョンアップに対応して行かねばならないが、
どこかで割り切った開発計画を策定しないと、永遠のイタチごっこである。

さて今回も「生産管理システム導入」にあたっての提言の続きを進めて行きたい。

5.費用対効果を見極める。
生産管理システムの構築はもちろん情報化投資であり、
投資である限りは、投資した金額以上のメリットを創出しなければならないのは当然であるが、
ここで気をつけなければいけないことは、投資額の大きさに比例して、
その損益分岐点も上がるということである。
すなわち過剰な投資を行えば、費用対効果のバランスは崩れて、
投資としての態をなさなくなる危険性があるということをご理解頂きたい。
まず費用対効果の「費用」であるが、SIerはよく「次期システムの費用は3000万円であり、
月額リースにすれば55万程度、
月額の保守料を入れてもプラス5万で月額総費用は60万円程度です。
これ以上のメリットが出れば成功です。」などと言う主旨の発言をする。
ユーザもこの発言に対し、疑問を持たない場合が多いが、本当にそうなのであろうか?
ここで言う月額60万円と言うのは、対外的に発生する経費である。
すなわちSIerの言い分は「ハードウェア+ソフトウェア+保守料=システム投資額」と言う算式の上に成り立っている。

しかし本当にこれは正しいのだろうか?
筆者には上記の投資額を表す公式に大きな要素が欠落しているように感じられる。
欠落している要素とは「ユーザの工数」である。
システムを立ち上げるためにはマスター入力、操作研修、
新業務フローの作成などユーザ作業が必要であり、
これを金額に換算するとかなり大きな金額になる場合がある。
システム導入後にあまりメリットが感じられないと言う場合は、
得てしてこのユーザの投入工数が必要以上に増大している場合が多いと感じている。
筆者の考えるシステムの原価とは「1.ハードウェア+2.ソフトウェア+3.保守料+4.ユーザの投下工数」であり、システム設計によっては、1+2+3よりも4が金額的に大きく上回る場合がある。
システムを構築するに当たっては、SIerに支払う費用を予算化するのは当然であるが、
システムを稼動させるために投入する「社内工数計画」も明確化しておくことも重要であろう。
また費用対効果の「効果」についても「5W1H」を明確にし、
計数的・定量的な効果測定を行わなければならない。
生産管理システムの導入によって、「いつ、誰が(どの部門)、どこで(どの業務)、何の(どの課題)、なぜ(どのような改善行為によって)、どのくらい(金額的メリット)を目標として全社共有しておかねばならない。

漠然とした定性的目標(在庫を削減する、リードタイムを短縮するなど)ではなく、
5W1Hが明確な定量的目標(何の在庫をどれくらい削減する、
どの製品のリードタイム何日短縮するなど)を掲げ、常に改善を訴求することによって、
初めて生産管理システム導入の効果を明確化し、
情報化投資の成否の判断を行う事ができるのではないだろうか。
このあたりについては、RFP(提案依頼書)に明記し、ベンダーにも広く対応策を求めるべきである。
このRFPの作成を適当に作成したり、コンサルタントに任せきりにした場合、
システム導入が成功した事例を見た事がない。

6.究極の問題先送り「エンジニアを常駐させます。」
都市部では少ないのであるが、地方の商談で時々遭遇するのが
「何でもやります。500万円でエンジニアを1年間常駐させて、どんなシステムでも構築します。」
と言う競合の提案である。
ITが普及した現在に、「こんな低レベルな提案は有り得ないだろう」と思われるかも知れないが本当にある。

更に驚くべきことはこれを受け入れるユーザが未だにあるという事である。
これまでに何度も書いたが、生産管理システムは経営戦略を具現化するためのツールである。
そこに具現化すべき命題や戦略が無いのであればシステム導入など不要であると言ってよい。
しかしユーザの全てのシステム導入の担当者(窓口)の目的が明確化しているわけではなく、
時には「上から命じられたので」などという消極的な担当もいて、
皆がシステム導入による業務改革に熱心とは言い切れない。
担当者なりに考えていても、ベンダーからあれこれと提案を受けると、
混乱してしまい、システム構築の真の目的が見えなくなってしまう場合もある。
まして費用対効果の話になると、定性的な話ばかりで、具体的な目標があるわけでもないので、
本当にシステム再構築が有効であるのか分からなくなってくる。
こんな時に窓口担当者にとって都合の良い提案が
「何でもやります。500万円でエンジニアを1年間常駐させてどんなシステムでも構築します。」
と言う安っぽいベンダー提案である。

安易な担当者は、目的も仕様も、ましてや創出すべき効果などは決めずに、
「とりあえず走り出してから考えたら良い。ずっと常駐してもらうのだから」と言う間違った安心感で、
『究極の問題先送り』を選択する。まさに最低の提案と選択だろう。
同業者がこのような提案を行って、ITベンダーと自認するのは、恥ずべき行為だと感じている。
ITベンダーはソリューションを売るのであり、
エンジニアは時間ではなく、 技術を買ってもらうのである。
21世紀にもなって、コンピューターの揺籃期のような提案をするベンダーがいること自体が
時代錯誤も甚だしく、このようなベンダーには早々にITの業界から退出してもらいたい。
システムは目的を達成するために導入するのであり、課題を解決するために構築されるのである。
初めに目的がないところに、ゴールが存在するはずがないのであり、
筆者はこのような「究極の問題先送りの提案」が成功した事例を見た事も聞いた事もない。
このような提案をされた場合は、即座に選択肢から排除すべきだと考えるし、
ユーザを愚弄する、このような提案にはくれぐれも耳を貸さないことをご推奨する。
日本のITリテラシーも「まだまだだな」と感じてしまう瞬間である。

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