「近道」と「近い道」は似て非なるもの


【緊急提言】生産管理システム導入に関しての考察 Part4

激動の2009年も残すところ、あと僅かとなった。
昨年に勃発した金融不安がきっかけとなり、世界同時不況の波は、
日本の製造業をも巻き込み、未曾有の大不況へと発展したが、
これは同時に大きな変革(イノベーション)の波を呼んだと考えられる。
長く続いたアメリカの覇権主義は大きく傾き、初のアフリカ系人種の大統領を生み、
国内では戦後初と言ってよい政権交代が実現した。

今年の中盤から景気の持ち直し感が浮揚した感もあったが、
昨今のドバイ・ショックなどにより、またぞろ金融に対する不安感が募っている。
経済や政治の「変化するサイクル」も著しく短期化の様相である。
その様な中で、企業の情報化投資もまさにイノベーションの時代である。
前回までは生産管理システム導入に関する提言を行ってきたが、
今回も引き続きお付き合いを願いたい。

今回の提言は「提案要求書(RFP)の重要性」である。
通常、生産管理システムの導入は生産管理プロジェクトを通して行われる。
プロジェクトと言うのは、特定の目的達成のために編成された、有期限のチームであるので、
期限内に所定の成果物を残さなければならない。
生産管理プロジェクトの場合、この最終的な成果物がいくつかあるが、
最も重要なもののひとつが「RFP」である。
10年ほど前には、システム導入の商談フェーズにおいてRFPが出てくることは殆どなかった。
ユーザの窓口担当者が、ベンダーと個別交渉をして、
システムを導入すると言うパターンが大半であったからだ。
しかし生産管理システムが単に製造部のシステムではなく、
ERP(企業資源計画)の一部として認識され始めてから、
導入検討は窓口担当者からプロジェクトへと移行して行き、
プロジェクトの合議制の中で決定されるようになってきたが、
その合議制の重要な成果物がRFPである。

RFPの本来の目的は複数ある。
1.プロジェクトの方向性とゴールを明確にし、社内で共有する。
2.ベンダーの提案の範囲や方法の要求基準を明確にする。
3.成文化することにより、口約束などの曖昧さを排除し、開発の混乱を避ける。
4.ベンダーへの合理的な情報提供を行う。
5.公正な手続きをもってシステム導入を図る。

などであり、全て重要な目的であるが、ここでは特に2を重視したい。

先日、製造業のシステム担当者から、
「一体、生産管理システムの値頃感はどうなっているんでしょうね?見積の基準も良く分かりません。」
と言う愚痴を聞いた。
この会社では、このシステム担当者が窓口になって、システム導入を検討してきたらしい。
最終的にはこの担当者が適当と考えたベンダー3社に見積提出を依頼したが、
結果、A社は2000万円、B社は5000万円、C社は9000万円だったそうだ。
担当者はあまりの見積金額の差に唖然としてしまい、
未だにベンダーを決めることができないでいる。
この話は決して、この製造業に限った話ではなく、また生産管理システムに限った話でもなく、
世間一般、IT一般にありがちな話である。
筆者がこの担当者に「RFPは作成しましたか?」と尋ねたところ、答えは「NO」だった。
この担当者が言うには、まず情報収集をして、実績豊富なパッケージをピックアップし、
5社のベンダーのデモンストレーションを見た上で、自社に適合しそうなパッケージを3社選択。
その上で選んだ3社から個別のヒアリングを受け、ベンダーの質問に答え、
見積の提出を依頼したとのこと。
一般的にありがちな手順である。

しかしこのありがちな導入パターンには2つの問題がある。
第1に「プロジェクトが編成されずに、担当者が主体となりシステムの検討を行っている」ことである。
端的に言うと、この手順では新しいシステムの導入が「全社的な命題」として
捉えられていない状態であり、限りなく「担当者の業務命題」になっているということである。
もちろん担当者は経営者の指示を受けて、窓口を担当しているのであろうが、
生産管理システムの導入は、あくまでも全社的命題として、
全部門を代表する「プロジェクト」で検討するべきである。
1担当者が分かりうる範疇だけで決めるほど小さなことではないのである。
企業としての解決すべき課題やあるべき姿が、ぼんやりとした状態でシステム導入を行っても、
大きな効果はでない。

システム導入に取り組むのは企業であり、担当者ではないのである。
第2に「RFPが作成されていないこと」が大きな問題である。
担当者はA・B・Cのベンダーから個別のアプローチを受けた。
各ベンダーに問われるままに回答を行った。
もちろんベンダーから受ける質問は、各社で内容が異なっていたし、
面談した時間にも長短があった。
この状態において、システム提案の主導権はベンダーにあったと言える。
担当者にすれば、ベンダーの提案に主体性を持たせるためにも、
自社からの強力なアピールを行わなかったのであるが、
最終的には強い押し出しのない提案要求は各ベンダーの提案に対する温度差(誤解)を生じた。
「面談した時間が多いベンダーほど、見積価格が高かったのではないでしょうか?」と言う筆者の質問に対して、この担当者は肯いた。
ベンダーはヒアリングの中に出てきた要求に対しては、基本的に全て対応しようとする。
ヒアリングする時間が多ければ多いほど、対応すべき仕様は増える。

これは話を聞いたベンダーが「深読み」をするからであり、
深読みは「赤字プロジェクトを回避したい」とのベンダーの深層心理であると言えるからだ。
だから話を聞けば聞くほど、見積もる範疇は肥大化するのである。
この製造業の場合、C社が一番深読みをしたということだが、
実はこうした深読みの類の大半は「担当者個人の思いや想像」であり、
「全社的な共通認識化された要望」であるとは言い切れないものが多いのである。
また「あるべき姿」でなく、「現状」の説明に終始している場合も多い。
こうした問題を解決するためには、ベンダーとの交渉の主導権をユーザ側が握らなければならない。
そのためには個別のアプローチはできるだけ排除し、ベンダーに対して等距離で接するべきである。
そのためのツールが「RFP」であると思う。
RFPを作成する段階で目的や規模、仕様の核をユーザ側で共有し、
その結果を「RFP説明会」でベンダーに伝える。
非常に分かり易い手続きである。

ベンダーにも寝技が得意な(寝技しかできない)営業はRFPを嫌がるが、
こんなベンダーは排除して構わない。
全社的命題を解決するためのシステムは、より公平に、より合理的に、
そして堂々と検討しなければならないのである。
「RFP」+「正しい提案評価の基準」があれば、システム導入は半分成功したのと同じである。
RFPと言う聞きなれない言葉に惑わされるユーザもいるが、
RFPの作成は決して難しいことではない。
プロジェクトがRFPの作成を1つのKGIとしていれば自ずと完成する。
書き方などのテクニカルな部分は、事例などを参照すればよい。
インターネットで「RFP(提案依頼書)」で検索すると多数ヒットするし、
ITコーディネータ協会のホームページにもサンプルが掲載されているので利用すればよいだろう。
いろいろ書いたが、要はベンダー任せにせず、
ユーザが主体性を発揮しながらのシステム導入が成功への近い道であると言う事である。

「近道」と「近い道」は似て非なるものであり、
システム導入という大事業は、力を尽くして「近い道」を選ばなければならない。

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