生産管理システム無くして、製造業の経営無し
2010年のものづくり事情を考察する
いつも「志士奮迅」をお読み頂き、ありがとうございます。
本年も製造業とITとの関係を独自の視点で、
ユニークな考察が行えるように研鑽を重ねて参りたいと思いますので、宜しくお付き合い下さい。
まさに激動の2009年だった。社会、経済、企業、そして個人が大きな変化を求められた1年だった。
従来の価値観が音を立てて瓦解し、世界の経済版図は大きく塗り替えられ、
不敗神話は終わりを告げ、日本の経済が沈没した1年であったと言える。
この未曾有の大不況が長期化しないことを祈るのみだが、この激変する環境の中で思い出すのは、
ダーウィンの「適者生存」と言う言葉である。
決して「大きなもの」「強いもの」が生き残るのではなく、
「環境の変化に敏捷かつ柔軟に対応できるものが生き残るのだ」と言う理論である。
最近ではハイチの大地震が思い出されるが、
天災と言われる「天が人間に与えた試練」を人為的に克服するのは、
現在の人類ではまだ不可能だろう。
しかし人間が自らの手で生み出した「経済」と言う社会の営みを、
人間が克服できない事はないと信じたい。
先日、ある大手シンクタンクの経済予測を聞いたが、
「今年の前半は現状維持、後半は製造業の設備投資を軸に上昇基調」との事だった。
二番底の懸念もほぼ払拭されたと言う発言もあったので、
経済も暗い話ばかりなのではないだろうと言う印象だった。
日本経済は「輸出主導」なので、どうしても米国など海外の経済動向の影響を受けるが、
今回の世界同時不況の原因になった「米国における住宅価格の前年比マイナス幅」は
着実に縮小しており、負の方向に働くモメンタムは鈍化している。
しかし米国家計の消費マインドは相変わらず弱い状態が続いているので、まだまだ要注意であろう。
また足下の日本経済は、今年から輸出の回復傾向にあるが、
現状は一進一退であり、円高も景気回復の阻害要因になりかねない。
国内家計消費はやや改善傾向であるが、地域差が如実に現れている。
昨年から継続されているエコポイントやエコカー減税などに一定の経済効果が出ており、
失業率や有効求人倍率は最悪期を脱したと思われるが、
生産水準との対比では雇用の過剰感は否めないだろう。
世界の実質成長率は2009年の▲0.9%から、2010年には3.5%成長へ回復する見通し。
各国で総需要の水準が金融危機前のピークを未だに下回っているものの、
世界貿易はV字回復の傾向大である。
ロシアを例外とすれば新興国の本年度の見通しは全般的に良好であり、
インド、中国ともに2010年の実質成長率は一段と加速の方向である。
2010年のアジアの域内貿易が拡大し、
世界経済のけん引役としての新興国の役割が明確になるであろう。
概要はこのような話であった。中国は既に「世界の工場」ではなく
「世界の市場」であるという認識に改めなければならないが、
中国に国境を隣接する日本は地政学的にも、
大きなアドバンテージを有していると考えるべきであろう。
日本のものづくりも中国を加工外注先ではなく、大きなマーケットとして捉えて行くべきであり、
この認識を改めつつある企業がこの不況下においても、大きな成果を創出しつつある。
さてこれからの経営を考える中で重要視しなければならないのは「生産性」の問題であろう。
大手シンクタンクの分析資料によると、日本の生産性は米国の7割水準であり、
先進国の中でも決して高い水準とは言えないのが現状である。
これは「低い生産性を高い就業率でカバーしながら、
諸外国並みの生活を維持してきた」と考えられ、
「とにかくがむしゃらに皆で働き、効率性は二の次の日本経済」であり、
「今後のベストシナリオは、勤労意欲を活かしつつ、
生産性を引き上げること。少なくとも引き上げる余地は大いにある。」との提言があった。
これは生産管理システムを通じて、これまでに多数の製造業に携わってきた筆者も同感である。
精神論を前面に押し出した高い就業率は、確かに日本の労働資質の大いなる美徳であり、
これが戦後の経済復興、高度成長をもたらせた原動力であることは間違いがない。
しかし社会環境や経済規模も大きく変化し、
従来の低い生産性では先進国としての国力を維持できないことも事実である。
「KAIZEN」と言う言葉が世界で通用するほど、
日本の製造業は効率化の権化のように思われているが、
該当するのは一部の大手製造業のみであり、
2次請け、3次請けと垂直統合(サプライチェーン)の下位へ視線を下げていくと、
驚くばかりの前近代的な経営やマネジメントが罷り通っていて、
まさに全ての矛盾や非効率は「人的な頑張り」で吸収している実態が浮き彫りになってくる。
ITの実装比率も活用度も加速度的に下がってくる。
このコラムの初めの頃に書いたが、
日本企業の売上高に対する情報化投資の割合は先進国の中では最下位レベルに等しく、
ITや情報を高度に活用した生産性向上を目指す経営への取り組みが遅れていることは確かである。
新興国の追い上げがすさまじい。
価格はもちろんのこと、永年、日本が決して負けることのなかった品質でも、
その格差は恐るべき勢いで縮まってきているのが現状である。
このままでは日本の製造業は世界市場において地盤沈下必須であろう。
まさにものづくりも生き残りのために、
グローバル競争の中で「効率」を追わなければならない時代なのである。
生産性(効率)とは何であろうか?
生産性とは「生産過程に投入される生産要素が生産物の産出に貢献する程度」と言う解釈が
一般的であり、生産要素は「人・モノ(材料)、金、技術、情報」、
生産性向上とはこれらの「計画的な投入と消費」であると言える。
ここで重要な事は、「精緻な計画の立案」と「リアルタイムの現状モニタリング」であり、
両方を実現するために必須のインフラは生産管理システムである。
情報を活用しないものづくり経営に生産性向上はあり得ない。
労働者保護が重視され、魅力ある職場作りが課題である製造業において、
サービス残業で見せかけの生産量を増やす行為は
一種の自虐・自傷行為であると断ぜざるを得ないのである。
「精緻な計画の立案」と「現状のモニタリング」とは将に「言うは易し、行うは難し」である。
現状の人的管理を否定し、ものづくりのリソースを徹底的にITで管理し、統合して行くのは、
新しい工場の文化を創生するに等しいほどの大変革だ。
生産管理システムは難解なシステムであり、
導入に失敗例の枚挙の暇がないと言われる事も事実である。
しかしこの未曾有の大不況を通じて、経営者や現場は学ばなければならない。
またいつ同じような状況に陥らないとも限らないのである。
故・松下幸之助氏は「不況こそは改革の好機である。
不況から学ぶ企業が好況の恩恵を受けるに値する。」と述懐されていた。
まさに転機に立つ日本の製造業は、環境の変化に順応してマネジメントの大変革を遂げなければ、
新興国に打ち克つ事ができないと言えよう。
もう一度言う。
「生産管理システム無くして、製造業の経営無し」。
少し先の見えた感のある今だからこそ、ITを通じて、新しい企業文化を育成しなければならない。
日本の製造業は技術、品質、価格を総合的にマネジメントする仕組みを持って、
市場のニーズにバランス良く対応しなければならない。
今年の企業の取り組みが、今後の大きな格差に繋がる一年となろう。