中国を意識しないで展開できるビジネスは少ない


緊急レポート 転換期を迎えた中国ビジネスをリスクの観点から考察する

前回は8月末から9月1週目の訪中のレポートを書いたが、
帰国してまもなく日中両国を揺るがす尖閣諸島での領土問題が勃発した。
日本の弱腰外交とリスクマネジメント不足が、
中国の対日姿勢の強硬化を招いてしまったことは周知の通りである。
しかしここまで強硬姿勢を貫こうとする中国の政治・経済的な背景に、
何か対日強気の姿勢を崩せない理由があるのではないかと考えてしまう。
表面上、連続した急成長している中国の裏側で、
社会構造的な問題が噴出している可能性は否定できないのではないか。
今後の反日感情を中心とした政治・経済の摩擦は、
これまでの両国の歴史や中国の民族性を考えると、
両国のビジネスに大きな影響を与える事は間違いがない。
決して日本としては弱腰になる必要はないが、
やはり今後の日本経済の発展には中国を友好的な市場として捉えた動きをしなければならないのは自明の理であろう。

今回の問題を日中ビジネスの転換の始点としてとらえ、リスクマネジメントを中心に、
今後の日中ビジネスのあり方について考察してみたい。

ここ10年の急成長で中国を取り巻く環境変化が激化しているが、
これまで見逃されてきた変化でもマイナスの要素に転じる可能性がある。
その中で重要なマイナス要素と思われるものをいくつか列挙する。
(1)領土問題に端を発した日中関係の急激な悪化
(2)長期化する反日感情の悪化
(3)中国における日本ビジネスの風当たりの増幅
(4)労働争議の頻発と人件費の高騰
(5)中国政府による所得倍増計画(人件費上昇の後押し)
(6)一人っ子政策による人口減少の影響
(7)対応が遅れる環境対策
(8)中国国内における地域経済格差の拡大

日本と関係があると思われる要素を中心に挙げてみたが、
両国の歴史問題や民度、政治体制、人生観など物心両面に問題は深く根ざしている。
こうした変化を受けて、日本企業(中国への進出の有無に関らず)は中国事業(取引)リスクの再認識を行わなければならない時期に差し掛かっていると言える。
これまでの成長曲線の相乗りし、リスク対策は走りながら考えるという企業姿勢ではビジネスが更に大きなリスクに晒されてしまうのではないだろうか。
日本企業は「中国事業を取り巻く環境変化の中、中国事業リスクにどのように対峙して、
どのように事業を進めて行くべきか?」と言うテーマについて再考しなければならない。
今回の領土問題はカントリーリスクに分類されるものであろうが、
これを受けて「Chinaプラスワン議論」の再燃もささやかれている。
これらのリスクは企業レベルで対応できるものとできないものがある前提で考えなければならない。

1つ目は前述した「カントリーリスク」である。政治・経済・社会面での諸リスクのことであり、
これは企業レベルでの取り組みで対応できるものは限定的である。
2つ目は「オペレーションリスク」である。製造・販売・アフターサービス・投資・開発など事業運営上のリスク、税務上のリスク(移転価格)、雇用など労務管理に関するリスクなどが挙げられる。
これはリスク回避・軽減への仕組みやルール作りなど企業レベルでの対応が可能である。
3つ目は「セキュリティリスク」と考えたい。具体的には情報漏洩、知的財産権保護などのリスク、
メディアリスク、インターネット上の書き込み、風評リスクなど。
これも仕組みやルール作りである程度の回避が可能である。
便宜上3つに分類したが、やはり違う国でビジネスを行うには相応のリスクが存在し、
上位レベルのリスクの前には、企業努力の限界があることを正しく認識しておかねばならない。
筆者は米国の「公認システム監査人(CISA)」と言う資格を保有しているが、
受験勉強のプロセスで繰り返しテキストに記載されていたのが「リスクマネジメント」であった。
当時はこの性悪説に立った様なリスクマネジメント論に少々の違和感があったが、
システム監査の世界でもこれほど重要視されるのであるから、
異国でのビジネス展開ではなおさらであろう。
リスクマネジメント論では以下の4つの手法でリスクに対応することを勧めている。

(1)リスクの回避(作業方法を変更する事で予見されるリスクを回避する)
(2)リスクの受容(リスク発生時のインパクトよりも対処コストが低い場合、敢てリスクを受け入れる)
(3)リスクの緩和(リスクが発生する確率を下げる事とともに、インパクトを最小限にすることで、リスク発生時の影響を下げる)
(4)リスクの転嫁(リスクを自社以外の第三者、例えば保険会社、顧客、他のベンダーに引き渡す)

日本企業は中国ビジネスにおいて、前述の3つのリスクに対し、
上記の4つのアプローチでリスクアセスメントを行わなければならない。
もちろん全てのリスクを予め予見する事は不可能であるが、少なくとも予見できるリスクに対して、
具体的な対応のシナリオを決めておかなければ、企業は大きな陥穽に陥ってしまう。
現在は日本企業の中国進出が盛んだが、その裏で撤収ができずに、
大きな問題を抱えている企業が増えている。
製造業において中国の現地工場経営は税務、
雇用などに様々なステークホルダーを抱えているので、
工場の閉鎖予定は地方政府の反発を招き、結局工場を閉めることができず、
それが大きな起業経営上のリスクとなった企業なども実在すると聞く。
また中国ではリスクの内容が政治的趣きによって激変する事もあり、
これまでのように政府の要人などとの個人的なパイプからビジネス展開を行うこと自体が
大きなリスクになってしまう事も理解しておきたい。マクロな観点からリスクを予見することが重要で、
個人的なつながりにビジネスの基礎をおくことは危険である。

インターネットの普及により、メディア対策の重要度も増している。
近年ではコカコーラ(広告内容へのクレーム)、モトローラ(模造電池による携帯端末の事故)、
LG(中古部品混入の建議)、カルフール(不買運動)などのトラブルが多発している。
中国では新聞だけでも2000紙を超え、
インターネットなどを加えればまさにメディア乱立状態であり、
トラブル発生時の対応、行動の基本ルールを明確にしておく事も重要だ。
これは「3つの度」と「3つの同一」に集約される。

3つの度とは
(1)態度(誠意を具体的な行動にして表明する)
(2)速度(スピーディに対応する)
(3)尺度(意思決定の基準を持つ)

であり、3つの同一とは
(1)同一の声(企業として同じ発言をする)
(2)同一の対応チーム(単一の部門が集中的に対応し方針を出す)
(3)同一のリーダー(意思決定者を明確にしておく)できる限りトップが表明する。

である。

今回の尖閣諸島を巡る一連の問題で、日中間の関係は厳しくなった。
しかし今の日本には中国を意識しないで展開できるビジネスは少ないだろう。
1995年には日本の1/5以下だった中国のGDPは、今年日本を抜いて世界第二位になった。
15年間で6倍の成長であるが、2009年のGDPは8.7%増加であり、
この増加ボリュームはタイのGDP額の1.5倍に相当する。
今後も世界経済における中国の発言権が強まる事は確かであろう。
正しく中国ビジネスのリスクを理解した上で事業を展開すれば、
魅惑的な市場であることは間違いがない。
徒に双方の国民感情を刺激する行為は
回復の途にある世界経済にとっても喜ばしい事態ではないだろう。

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