志士奮迅

学びは常に双方向である。

 今年は、全国的に例年よりも梅雨入りが遅くなった。
 小中学校の夏休みは梅雨のまま迎えるかもしれないと予測されているが、これらも一連の地球レベルでの気候変動が起因しているのかと考えてしまう。また今年も大雨や大型台風などの異常気象が到来しないことを願うのは私だけではなく、近年、皆、普通の感覚だと思う。それほど近年の気候変動は激しい。この変動を加速している要因の1つが人類の活動にあることは間違いないだろう。現在の我々の行動が未来に大きな禍根を残さないことを願うのみだ。

 閑話休題。個人的な話で恐縮だが、毎年、何回かあちこちの大学に講義で登壇させていただいている。5月は母校の同志社大学経済学部にゲストスピーカーとして出講させていただいた。講義を行うのはなかなか大変なのだが、やはり母校では特に気合いが入る。人は何かの括りに所属しないとアイデンティティの明確化ができないし、行動規範なども所属していた集団に影響を受けることが多い。私の場合は大学時代に受けた影響が色濃く、現在の自分を形成していると感じており、母校への報恩の意味もあって力も入る。

 今回の講義のテーマは「アントレプレナーシップ(起業家精神)」についてである。
 資料は数年前から使っている「起業家の本質」という資料だが、講義をさせていただいたことで学んだことを追加し、何度もアップデートを重ねてきた資料だ。今回もまた、アップデートする学びを得ることができるだろうかと期待に胸が弾む。

 この講義の中で伝えたいことは人生における生き方や職業の選択肢に起業というものを含めれば、自分の可能性は何倍にも増すということである。

 ご存じの方も多いと思うが、日本は起業が難しい国である。
 昭和の高度成長期における「終身雇用」や大企業中心の「保守的な安定思考」などの影響があり、日本のTEA(総合起業活動指数:起業準備から起業3.5年以内の人口が成人人口に占める割合)は2022年度調査において6.4%で、アメリカの3分の1以下であり、先進国の中でも最低の基準にある。日本の場合、起業の失敗は自己破産に等しく、ほぼワンチャンスといえるだろうが、これは銀行借入時の保証人制度が原因だといえる。こうした要因もあって、日本人は人生において起業という選択肢を選びたがらないのが現状である(近年は変わりつつあるが)。

 現在の日本という国は2025年に大きな2つの問題を抱えている。

 1つめの2025年問題は、急速な高齢化による「労働生産人口」の減少である。2025年には団塊世代の人々が75歳以上の後期高齢者に入り、事実上、労働生産人口が激減する。これに限らず、人口の高齢化と少子化は急激に進行しており、生産人口の不足が大きな社会問題となっている。この問題は日本の社会問題の根幹的課題である。

 2つめの2025年問題は、経済産業省の「DXレポート〜ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開〜」でいわれる日本の古い(レガシーな)ITシステムの存在である。日本では21年以上前の基幹システムを保有し、現在も利用し続けている企業が20%以上もあるといわれている。この古いIT資産はブラックボックス状態にあり、現状に応じた改変を加えることが非常に困難な状態になっていて、これが企業のDX推進を阻害する大きな要因になっているのが現状である。DXレポートによれば、このレガシーなシステムによるDXへの取り組みの遅れで、2025年には国内において年間12兆円の経済損失が発生すると試算されており、これが2025年の崖と呼ばれている。日本はデジタル競争力ランキングでは、世界の主要64カ国中、第32位であり、このランキングでは年々、順位を落とし続けているが、その一因は2025年の崖にある。日本は決してデジタル先進国ではない。

 こうした2つの社会問題を解決するには、DX推進、AI、ロボットなどのテクノロジーの進化が必要だろう。子育て支援などの社会保障の充実なども必要といえるかもしれない。しかし、ここではこの社会問題の解決へのアプローチに『アントレプレナーシップ』を挙げたい。起業家精神をもって社会に新しい価値を創出することは、高齢化により固化した社会に大きな刺激を与えることは確実である。聴講の学生たちにも起業という選択肢の社会的価値を提案したが、これが彼らに伝わっていることを望む。

 まず学生には、これまで多数の経営者とお会いしてきた経験の中から、成功する経営者が持っているものについて、私見を披露させていただいた。これらのいくつかを持っていると起業家適性が高いと考えてよいだろう。

 私の考える成功する経営者が有する共通条件は以下の通りである。

1.事業構築への強烈な熱意と事業構想力を有すること
 -自分が持つビジネスモデルを必ず成功させたいと思う気持ちの強さ
 -事業にビジョンを持ち、進むべき方向を社員に明示できること
  (ベンチャーであり続けるのか、中小企業に甘んじるのか)
  中小企業の最大目的は「企業の存続」であり、ベンチャーの最大
  目的は「ビジネスモデルの実現」である

2.課題発見と解決力を有すること
 -ビジネスモデル実現のための困難、障害などのリスクを察知し、
  一早く警告できること
  (リスクに鈍感な経営者は成功しない)
 -リスクを取らないことが、一番大きなリスクになり得ることを
  知っておく

3.人の助言に耳を傾け、貪欲に学ぼうとする姿勢を持つこと
 -学問(学びと問い)のバランス。本当の成長は良質の問いを重ねる
  中に生まれる
 -耳に痛い忠告なども頑なにならず、柔軟に聞けること

4.必要な場面での断固たる決断力と積極性が発揮できること
 -決断とは決めて断つ勇気。決めるよりも断つ(捨てる)勇気が
  求められる
 -最終的には自分で決定できること。決定することが辛くないこと

5.自分や組織の成長を楽しむ姿勢を持つこと
 -自分にエネルギーを与えてくれることを行い、自分の変化を
  楽しめること
 -事業や組織に対し、常に変化を求め続ける姿勢。
  組織の成長を喜びとして共有できる

6.自分の能力や未来に限界をおかないこと
 -自分の唯一のライバルは「昨日の自分」であると思い定める
 -月は満ちれば欠ける。起業家は夢(有形)ではなく、理想(無形)
  を追わなければならない

7.強力なリーダーシップを持つこと
 -率先垂範(社員より先に食べない、寝ない、逃げない)
 -ビジョン・計画の提示と強力な推進力の発揮
  (組織は上から引く、下から押す)
 -強力なメンタルタフネス(経営者は社員とは公平ではなく、
  平等な距離が必要)

8.高いプレゼンテーションスキルを有すること
 -誰よりも熱く確かに、事業モデルや魅力を伝えることができること

9.成長に向け、始動する勇気の保持
 -「成長とは変化、変化とは行動、行動とは始める勇気」
  潜在能力を顕在化できないことは能力が無いに等しい

10.自己分析ができ、強みを活かす経営を実現できること
 -自己の強み(感覚的、論理的など)をビジョンやビジネスモデルに
  反映する

などをお伝えした。こうして文章にすればハードルが高いように感じるが、成功する人はこれらを当たり前のこととして実践しているというのが私の実感である。成功者には思考の論理と行動の倫理の裏付けがあるものだ。

 学生に起業を勧めたわけではなく、起業を無意識に選択肢から除外することをせず、視野を拡げれば、その人の可能性を拡大することができることを知ってもらいたいという願いを込めた。たとえ、卒業後にどこかの企業に就職したとしても、アントレプレナーシップは重要である。現在の社会人に求められるものには自立(自律)自走の精神があり、サラリーマンであっても自分が経営者ならばどうするかという視点で考える人が求められていることを知ってもらいたい。そしてこの思考が社会人としての能力をさらに高めることとなる。

 こうしたことを学生に感じてもらいたいと願いながら講義を行った。
 自分の思いが言葉になって流れ出ていくのを感じた90分は、アッと言う間に過ぎた感じだった。講義が終わってから多くの学生が挨拶に来てくれて、その何人かとLINEを交換し、再会の約束をした。そのうちの何人かは起業家志望であり、既にビジネスを始めたり、ビジネスモデルの構築を始めたりしている学生もいて、その積極性は頼もしく、彼らの活躍があれば2035年には日本は再浮上するのではないかと期待を持つこともできた。

 講義の中でも「成長とは変化、変化とは行動、行動とは勇気」であると申し上げたが、その言葉を理解していただけたのか、何名かの学生から講義終了後すぐに具体的アポイントを求めるLINEをいただいた。もちろん大歓迎である。直接、学生に接することで、自分にも沢山の気付きがあるし、もしかすれば学生にも学びや知恵を与えることができるかもしれない。学びは常に双方向であり、教える側の姿勢が正しければ、教えられる側から多くの学びを得ることができるものだ。

 そして先週、約束をした学生が弊社を訪ねてくれた。
 「ようこそ、未来の経営者。あなたの行動力に敬意を表します。今日の再会がお互いの気付きに繋がることを心から願っています」。
 毎回、この言葉でお迎えするようにしている。君を褒めるのは、それを認めた自分の為でもあると伝えたい。簡単ではないが、単純に捉えればできることは沢山ある。起業もその一つではないだろうか。結局、勇気のない人は何も成し遂げることができないのが真理だと思う。

 冒頭の気候変動も要因が人間の行動にあるとすれば、それを止めることができるのは人類の勇気だけであると信じている。

2024年 6月 抱 厚志

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