成長の時計を止めるもの

猛暑の日が続いている。

気象庁が発表する気温よりも、自分が感じている温度の方が2~3度高いように思う。特に多湿の日は、汗で体に纏わりつく服が鬱陶しく、早く秋が来て欲しいと願い、夏の終わりを告げる蜩(ひぐらし)の声を心待ちにしてしまう。

『葉をしげみ 外山の影やまがふらむ 明くるも知らぬひぐらしの声』とは、新勅撰和歌集の藤原実方の歌だが、長く都会の真ん中に住んでいて、最近はなかなか聞くこともなくなった蜩を思い出すことがある。

子供のころに聞いた蜩の声は「カナカナ」という感じで日の出や日没時によく鳴くが、馴染みのあるのは日暮れ時なので「日を暮れさせるもの」という意味から「ひぐらし」という名前が付いたのだと記憶している。

蜩は蝉なので夏を連想させるが、実は俳句では秋の季語であり、夏の終わりを暗示する。
私自身は夏が好きなのだが、最近のあまりに暑すぎる夏は好みに合わない。暑すぎる、情熱的な夏は若者のためにあり、風情を重んじる様になった自分は、夏の終わりにこの夏を思い出し、夏を感じ楽しんでいる。

こうして春夏秋冬は繰り返され、弛むことなく時は未来に向けて流れていくが、自分が思い描く未来に流れていかないことも多く、進んだ時間分だけの変化、成長した自分を見出せずに悩んでしまうことがある。
自分の外側の時間だけが進み、自分の内側の時計が止まっていることは怖いことだ。

自分の成長の時計を止めてしまうものとはなんであろうか?
加齢による衰え、急変する環境、精神力の衰え等々。

考えられる要因はたくさん存在するが、私自身は『七つの大罪』に集約できるように思う。
一般的に『七つの大罪』とは「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」を表す。

『七つの大罪』とは、キリスト教的な色合いを強く感じるので、聖書からの出典のように思われるが、4世紀のエジプトの修道士エヴァグリオス・ポンティコスの著作に『八つの枢要罪』として記述したのが実際の起源であり、6世紀後半にグレゴリウス1世により、八つから七つに改正され、その順序も現在の形に定められた。

こうして「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」と書き並べてみると、自分の半分くらいが『七つの大罪』で構成されているのではないかと反省し、悲観してしまう。

しかしそれを己のうちに意識する者が、この『七つの大罪』を犯すことなく生きることができるのだろう。

人は常に問題に取り囲まれている。
生きるとは、問題を生み出しながら解決をしていくことの繰り返しとも言えるだろう。
そして、問題を解決するために、人は経験や理屈、理論というロジックを持っている。
目の前にある問題にロジックという物差しを当てれば問題は解決される、解決されるべきだと思いたくなるが、実際はそうはならない。

問題を何度、理屈や理論で割っても、感情という余りが生じるからだ。
人はこの余りに苦悩し、それをさらに理屈や理論で割り切ろうとするが、それは円周率の計算と同じように限りなく答えのある演算である。
余りを割り切ろうとすればするほど、人間の感情の原単位が見えてくる。

その原単位とは『七つの大罪』であるともいえる。
組織が抱える問題を組織論や人間学で割っても、お互いの業(理性によって制御できない心の働き)が出るものだ。
この理性で制御できないものこそが『七つの大罪』であり、人間の欲や感情、それに伴う行動の原単位である。

これまでにたくさんの会社や現場を見てきたが、組織を上手に運営するリーダーには
1. 課題をロジカルに割っていく、理論や理屈と言う学識や経験
2. それでも割り切れない感情や欲という余りを上手に処理する能力
の2つが備わっている。
優れたリーダーとは、予め余りが出ないように問題設定をするか、余りを躊躇なく次の課題に持ち越す勇気を発揮できる人ではないかと思う。
ひとつの課題が必ずしも割り切れる必要は無く、余りを次の課題に合算(混合)してアプローチすれば、きれいに割り切れることもあるという事だ。
優れたリーダーには、そうした思い切りの良さがある。

自分や組織が『七つの大罪』に捉われている時は、その対義を考えれば良い。
カトリックの教義に『七つの美徳』がある。
・傲慢⇔忠義(主君や国家に対し真心を尽くして仕えること)
・憤怒⇔寛容(心が広くて、よく人の言動を受け入れること)
・怠惰⇔勤勉(仕事や勉強などに、一生懸命に励むこと)
・嫉妬⇔慈愛(いつくしみ、かわいがるような、深い愛情)
・強欲⇔分別(道理をよくわきまえていること)
・色欲⇔純潔(けがれがなく心が清らかなこと)
・暴食⇔節制(度を越さないよう控えめにすること)

自分や組織が『七つの大罪』を剥き出しにした時には、それを抑止する『七つの美徳』を想起する冷静さが欲しい。
それこそが余りの出ない割り算であり、自分の成長を加速し、時間の密度を高めることに繋がると信じている。

人に『七つの大罪』があり、組織にも『七つの大罪』が存在するので、当然、社会にも『七つの大罪』が存在するはずである。
マハトマ・ガンジーは1925年「七つの社会的罪」(Seven Social Sins)として次の七つを提唱した。
・理念なき政治(Politics without Principle)
・労働なき富(Wealth without Work)
・良心なき快楽(Pleasure without Conscience)
・人格なき学識(Knowledge without Character)
・道徳なき商業(Commerce without Morality)
・人間性なき科学(Science without Humanity)
・献身なき信仰(Worship without Sacrifice)
これは本当に深い言葉であるように思う。
社会で生きる人には知って頂きたい言葉であり、これからの自分にも言い聞かせる。

自分の人生で「ひぐらしの声」が聞こえる頃には、『七つの大罪』を犯さず、経営者としては『七つの社会的罪』を犯さない様な生き方が実践できていれば、それは幸せな人生になるのだろう。

続古今集より、在原業平の一首。
『暮れがたき 夏のひぐらしなかむれば その事となく ものぞ悲しき』

夏は秋に向かって、時を進めていく。

2017年8月 抱 厚志