【第13回】科学的管理法から人間関係論への転機「ホーソン実験」

 物事の転機には、その内容を暗示する様なシンボリックなイベントや出来事が生じたりするものだが、今回、紹介する「ホーソン実験(Hawthorne experiments)」もその一例といえるかもしれない。

 ホーソン実験の詳細については後述するが、簡単に言えば生産性向上を目的とした大規模実験である。テイラーの提唱した科学的管理法は、物理や仕組みを中心とした生産性向上へのアプローチであったが、ホーソン実験ではインフォーマル組織などに代表される職場の人間関係のアプローチであり、その重要性が証明された。結果、生産性向上への取り組みは、科学的管理法(仕組み)から人間関係論(組織心理)改善へと移行していくことになった。

 ここでは、まずホーソン実験に関する概要や当時の環境などを整理しておく。
 ホーソン実験とは、1924年(1927年説もあり)から1932年にかけて、アメリカのシカゴ郊外にあるウェスタン・エレクトリック社(Western Electric)のホーソン工場で実施された生産性向上に関する一連の実験のことであり、途中からジョージ・エルトン・メイヨー(George Elton Mayo)、フリッツ・レスリスバーガー(Fritz Jules Roethlisberger)らのハーバード大学の研究者達も実験に加わった。

 当時は「狂騒の20年代(the Roaring 20s)」と呼ばれ、第一次世界大戦後の未曾有の好景気到来でさまざまな事業や業界が大きな拡大期となる活気ある時代であった。好景気で賃金も上がり、多くのものが消費された、企業が活発化したこの時期の経営管理は、本ブログにも何度も登場したフレデリック・テイラーが提唱した科学的管理法を中心とするものであった。T型フォードの生産ラインに科学的管理法を導入し、大成功を収めたフォードなどがその代表的事例である。この科学的管理法により、自動車の生産台数は激増したが、それに反比例して自動車工場労働者の1日の労働時間は10時間から8時間へと減少した。この状況下によりアメリカをはじめ、世界中の多くの企業が科学的管理法の導入を検討したことは当然の成り行きといえよう。

 一方、科学的管理法は労働者を機械の一部として考え、人間性を軽視する傾向もあり、それが理由で労使の対立構造が明確になったことで、科学的管理法の限界を唱える研究者も出てきた。このような時代背景で、ウェスタン・エレクトリック社は科学的管理法にこだわらない、さまざまな条件下で生産性がどのように変化するかを検証するいくつかの実験を始めた。これがホーソン実験である。ウェスタン・エレクトリック社は、アメリカに存在した電機機器開発・製造企業であり、多くの技術的発明や産業の管理手法の開発で著名である。1995年までAT&T社の製造部門として経営されていたが、現在はノキアが事業を承継している。

Elton Mayo 次にホーソン実験の主たる推進者として、ジョージ・エルトン・メイヨーについて触れておきたい。メイヨーはオーストラリア出身の文明評論家、産業心理学者で、ハーバード経営大学院教授。人間的側面の重要性を説く、人間関係論学派の創始者とされている。テイラーの科学的管理法とは一線を画し、当時は先駆的であった組織における人間的側面や組織環境整備の重要性を説き、それを証明する実地調査(ホーソン実験など)を行った。メイヨーはホーソン実験以前に、フィラデルフィアの紡績工場の離職率の高さを下げる実験で作業中に休憩を取る制度を導入し、同工場の離職率を大幅に下げる改善なども実現している。こうしたメイヨーの新しい観点での研究は、経営管理、産業社会学、哲学、社会心理学など、多くの分野に影響を与え、その功績は大きい。1949年、イギリスにて没。

 さて今回の本論である。ホーソン実験であるが、以下の4つの実験の検証から構成されている。
 1.照明実験
 2.リレー組み立て実験
 3.面接実験
 4.バンク配線作業実験

最初の「照明実験」では、コイル巻きの作業現場における照度を変化させ、作業環境における照度と生産性の関係観察を行った。この実験は、照明が暗い状態で作業すると生産性が下がり、明るい状態だと生産性が上がるという仮説に基づいている。具体的には、2つの被験者集団を形成し、片方の集団(A)は照明を一定に保ち、もう片方の集団(B)は照明を100ワットの照明から25ワットの間で徐々に変化させ、それぞれの生産性(作業能率)の変化を観察するというもので、多くの研究者が仮設の立証を予想したが、実験結果は彼らの予測から大きく外れるものとなった。集団AでもBでも一定の作業時間が経過すると作業効率が徐々に上がったり、照度が低い時に生産性が高まる場合も散見されたり、照度と生産性(作業効率)に一定の相関関係は存在しないという結果になったのである。

2つめは「リレー(継電器)組み立て実験」である。この実験で立てられたのは、物理的な労働条件や待遇が悪くなれば、作業効率も低下するという仮説である。具体的には、組立作業員と部品を揃える世話役とでグループを構成し、監督を配置して労働条件を変えるといったことから生産性の観察を行う実験であり、ここでいう労働条件とは役職、賃金、与えられる権限や責任などを指す。労働条件が改善(賃金や待遇の改善)されると作業能率は向上したが、労働条件を元の状態に戻しても、一度上がった作業効率が低下することはなかったので、予想に反して労働条件と作業効率の関係性を見出すことはできなかった。しかし、この実験を通じて、仲間意識が強いグループの存在や選ばれたことへの誇りが仕事のモチベーションを向上させたという仮説が立てられたため、3つ目の面接実験において、労働意欲は職場の人間関係に大きな影響を受けるかを確認した。

次は「面接実験」である。これまでの実験を踏まえて、工場全体の8部門、従業員約2万人に対し、1対1の面接を実施した。この面接実験は、賃金体系や就業時間よりも、管理体制のあり方が作業効率により大きな影響を与えるのではないかという仮説の下で行われた。またこの面談は、急成長する工場管理において、より有効な管理手法を編み出す観点からも必要な実験であった。2万人以上を面談した結果、<1>1対1の面談を実施したことにより単純に生産効率が向上した。<2>従業員満足度は、客観的な労働条件(賃金や就業時間など)よりも、主観的な個人の好みや感情により強い影響を受けやすいことが判明した。同じ条件であってもある者は満足し、ある者は不満を述べるという、相反する事例が多く、特定の外部環境に関して誰もが不平を述べるという共通事実を見出すことはできなかった。このことから、従業員の態度や行動は感情に受ける影響が大きい、満足度は単に客観的事実(相互関係や会社内の居場所など)だけでなく、主観的事実(感情や欲求、モチベーションなど)を考慮した上で測らなければならないという結論に至った。

そして4つ目が「バンク配線作業実験」である。バンクとは電話交換機のことであり、配線作業とは電話交換機の端子の配線工程のことである。現場作業員を配線工、ハンダ付け工、検査工の3つに分け、全体もしくはそれぞれが集団的にどのような機能を持って集団形成されるかを解明するために行われた実験である。これまでの3つの実験から、現場にはインフォーマル(非公式)な小さな組織があり、それが社会統制機能を果たしているという仮説が立てられたが、この実験では、インフォーマルな組織の集団が発見され、仮説は立証された。
他にも
・“上司・部下” “担当作業を行う上での関わりの有無”に関係なく、インフォーマルな組織が形成されることが判明した。
・集団をマネジメントする監督者とメンバーは、防衛と共存の関係にあり、個人間の関係性の良し悪しが生産性・作業効率・品質に影響を与えている。
・労働者は常に全力で取り組むのではなく、状況や場面に応じて労働量や余力をコントロールしていることが判明した。それは、労働量を増加させると、今後の作業水準が引き上げられる/賃金単価が下がる/人員削減で仲間の誰かが犠牲になる、などの状態が発生することを危惧しているからである。

 前述の4つの実験(ホーソン実験)から導き出される結論を総括すれば、外的要因や職場環境ではなく、人間関係が労働生産性や生産効率に影響を与えるということになるだろう。またインフォーマルなグループがもたらす生産性向上への好影響なども注目すべき現象である。ホーソン実験が行われるまで、人間の感情は生産性に影響を与えないと考えられていたが、その前提は大きく崩れた。人は賃金や作業環境ではなく、人間関係で働くことが立証されたのである。人間関係論では、ホーソン実験から以下のような結論が導かれている。
 1.人は経済的対価より、社会的欲求の充足を重視する
 2.人の行動は合理的ではなく、感情に大きく左右される
 3.人は公式な組織よりも、非公式な組織に影響されやすい

 それまでの科学的管理法のみの企業経営ではなく、メイヨーが唱える人間関係論が注目される転機になったのがホーソン実験なのである。ホーソン実験の目的は、労働者と作業効率とそれに影響を及ぼす物理的作業条件との関係を明確化することにあったが、人の労働意欲は労働条件よりも人間関係にあることの発見に繋がり、以降の経営手法に大きな影響を与えた。

2024年 11月 抱 厚志

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