この『生産管理史~改善の系譜~』も第14回目である。細々と書き続けてきているこのコラムだが、自分自身の学びの集大成として、いつかは一冊の冊子にまとめたいと考えている。最新技術やトレンドを学ぶことにも価値はあるが、学ぶ対象の歴史を紐解くことは最新のことを学ぶことと同等、またはそれ以上の価値があると感じている。ゆえに、この生産管理史は続けていきたいので最後までお付き合い頂ければ幸甚である。
さて今回は、稼働分析及び時間分析(研究)の分野に触れてみたい。
工場の中には、切削する、成形する、組み立てる、運搬する、調整する、保管するなどの多種多様に渡る作業が存在する。
しかし、それらの作業が
・どのくらいの作業時間を擁しているのか
・作業者の力量によって、どのくらいの差異がでるのか
・作業量の割合はどうなっているのか
・どの順序で作業を行えば、効率的なのか
・どのような手順で作業を行えば、生産性は高まるのか
などという現状や課題が可視化され現場全体で共有されているとは限らず、暗黙知と化している場合が多いのではないだろうか。これらを明確化し、対策を打つのに有効な手法が稼働分析である。
稼働分析とは「一定期間の生産活動の中で、人や設備がどの作業にどの程度の時間を投下しているかを可視化するための手法」であり、
1.作業測定やサンプリングにより現場の人の動き(働き)の状況を把握する
2.問題の可視化により、改善へのアプローチ方法を見つける
3.実施した改善の状況を明確化し、改善の時系列的な変化(効果)測定を行う
などを目的としているIE(Industrial Engineering)手法である。
ここで上記2.の改善活動へのアプローチ原則はいくつか考えられるが、
・生産活動を価値ある作業と価値のない作業とに分類する
・価値ある作業以外は全て生産性を低下させる要因として、徹底的に排除・削減する
ということが重要である。この点において、稼働分析を利用すれば、上記の作業の切り分けが可能である。
また上記3.の時系列的な効果測定にも稼働分析は有効である。通常、工場には季節変動を伴う生産負荷が存在し、季節、月、週、日、時間帯などによって稼働状況を把握し、対策を講じなければならない。この場合、稼働分析で変動要因を可視化し、対策を講じることによって、生産現場の稼働率維持をすることができる。
工場の改善に一定の役割を果たす稼働分析には代表的な手法が3つある。
1.連続観測法
長時間のVTR(ビデオ)撮影や現場観察によって、連続的に観測を行う手法で、繰り返し作業はもちろんだが非繰り返し作業にも適用できる。正確な測定はできるが、時間と観測者の負担(手間)が大きい。
2.ワークサンプリング法
製造現場で、各工程の所要時間、所要工数を一定のルール(無作為抽出など)に沿って、複数回、瞬間的に観測し、サンプリングした工程の稼働状況を統計的に可視化する手法。瞬間観測法とも呼ばれる。正確性は連続観測法に比して低下するが、比較的手間を掛けずに実施ができる特徴があり、改善ではよく利用される。
3.セルフタイムスタディ法
作業者が書いた1日の作業記録(作業日報など)を一定期間で集計し、その間の人の稼働状況を統計的に可視化する手法。STS法ともいう。作業記録の集計なので、特別に調査や分析のための要員は不要。精度は連続観測法とワークサンプリング法の中間程度といわれている。
上記、3つの手法にはそれぞれ長所と短所があるので、現場の状況に合わせて使い分けることが望ましい。特に、ワークサンプリング法は1人で複数の作業者を管理することができるので、一度に広範囲の調査が可能であること、常時連続観測ではないので負担が少なく、簡易的に傾向を把握する目的で利用されることが多い。歴史のある稼働分析ではあるが、現在でも重要な改善手法の一つであるといえるだろう。
さて、稼働分析と同様にIE技法の中で重要とされるのが、時間研究(時間分析)であり、特に標準時間設定において、時間研究は重要な位置づけにある。
標準時間設定には以下の重要な前提条件が存在する。
1.標準時間として設定された時間値は公平である
2.常に一貫した基準に基づいて、標準時間が設定されている
の2つであるが、時間研究においては、時間測定の条件が場面に応じて変化し、一貫性があるとはいえず、最終的には観測する人の主観によって、結果にブレが生じがちであった。これは時間研究における致命的な課題であった。上記のような課題を解消するために考案されたのが、既定時間標準法(PTS法:Predetermined Time Standard system)である。
PTS法のロジックは、以前にも本コラム【第7回】で解説したF.B.ギルブレスの動作研究を基本としており、「人の作業は基本的な幾つかの最小動作の繋がりで構成されているので、これらの基本的な動作に対して標準となる一単位の時間値を決めておけば、後にこれらの最小動作の繋がり方から人の作業動作時間は決定できる」という考え方を原則としている。PTS法での標準時間算出は、実際にストップウォッチなどによる作業時間実測は行わず、作業の動作分析を行うことにより、その標準作業時間を計算することができる。
また、PTS法は
1.作業を分解し基本動作単位で時間を測定し、これを分析、積算して当該作業の標準時間を算出する(時間研究)
2.作業における基本動作を観測、記録、分析して、生産性の高い効率の良い作業動作を決定することができる(動作研究)
の2つの研究が同時進行可能である。
ゆえに、標準時間設定の以外にも、納期短縮や原価削減など改善のアプローチとしても活用することができる。
PTS法の中には、4つの手法がある。
1.WF法(ワークファクター法:Work Factor)
2.MTM法(方法時間計測法:Methods Time Measurement)
3.BMT法(Basic Motion Time study)
4.DMT法(Dimensional Motion Times)
上記の中で、WF法とMTM法が実際に利用されることが多いので、今回はこの2つの手法について簡単に触れてみたい。
WF法はアメリカのJ.H.クイック(J.H.Quick)によって開発された。WF法では動作時間を決定するものとして、使用する身体の部位(指、手、前腕、腕、胴、脚、足など)、動作距離、取り扱う重量または抵抗、動作の困難性(注意、方向の調節、方向の変更、一定の停止)の4つの要素を挙げている。当該作業における上記の要素を分析し、予め策定された動作時間標準表から標準時間を当てはめていくことで、作業全体の標準時間を算出する。WF法は上述した4つの要素以外にも細かいルールが多数あり、それを考慮しながら動作時間の決定を行うが、WF法を正確に運用し、正しい分析結果を導き出すためにはそれ相応のノウハウと慣れが必要である。しかし、WF法を使いこなすことができれば、従来の主流であったストップウォッチ法(ストップウォッチを使って作業時間を実測する手法)よりも短時間で正確な標準時間の算出が可能になる。
また、MTM法は作業の基本動作を10種類に分類し、動作の種類と動作距離によって動作時間を算出する手法である。アメリカの産業技術者、H.B.メイナード(Harold Bright Maynard)などによって開発された。最初はウェスティングハウス・エレクトリック社、工場内でのドリルプレス作業で研究が始まり、その後にノウハウが体系化された。
MTM法で規定する基本動作は、手をのばす(R)、運ぶ・動かす(M)、回す(T)、押す(AP)、つかむ(G)、定置する・組み立てる(P)、放す(PL)、引き離す・分解する(D)、目の移動(ET)、目の焦点合わせ(EF)である。MTM法の基本的な考え方は、WF法とほぼ同じである。両者の違いは分類の基本に何を据えているかであり、WF法は「身体部位別の分類」、MTM法は「動作の性質別の分類」を基本としている。
こうして時間研究は進化し、標準時間の算出精度も上がった。現在においてもWF法やMTM法は積極的に用いられ、標準時間の設定による、作業者の仕事量や必要な人員、設備、生産リードタイムの決定などに重要な役割を果たしている。
H.B.メイナードは1946年にギルブレスメダル、1954年にはウォレス・クラーク賞、1964年にはアメリカ経営協会とASMEが毎年授与するヘンリー・ローレンス・ガント・メダルを受賞し、その功績が高く評価されたことを付記しておく。
2025年 5月 抱 厚志