視力ではなく眼力が求められる時代

 四月。
陰暦では一月から三月が春であるので、四月は夏になる。しかし現代を生きる者の実感としては、4月は春である。

 春といえば、まず思い出すのが、
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。」
の枕草子である。
「春は明け方が良い。だんだんとはっきりしていく山々の稜線と境界が少し明るくなり、紫色の雲が細長くたなびいている。」意訳するとこのような感じだろうか。「春は」と聞かれると、「あけぼの」と答えてしまう昭和な自分に苦笑する。春を表現する代表的な名文と言っても、過言ではない。

 春を思う時、次に思い出すのは歌。
「春のうららの隅田川 のぼりくだりの船人が 櫂のしずくも花と散る ながめを何にたとうべき」
滝廉太郎作曲の「花」である。私の小学校時代には必ず歌った唱歌であり、春を代表する歌である。この曲では作曲家の滝廉太郎が有名であるが、個人的には歌詞に惹かれるところも多い。この作詞は武島羽衣(たけしまはごろも)という国文学者、歌人、作詞家であるが、来歴が面白いので調べてみて欲しい。

 その武島は94歳、昭和42年まで存命であった。滝廉太郎が明治36年、23歳で早逝しているので、私から見ると、滝は歴史上の偉人であるが、武島は昭和35年生まれの私と7年間も人生が重なっており、不思議な感じがする。

 主観で春について2つ述べさせていただいた。しかし日本も最近の気候変動で、四季が夏と冬の2季と化しつつあるように思う。四季折々という言葉もいつまで使えるのだろうか。
そのような中、皆さんは「春と言えば?」思い出されるものは何だろうか。いつまでも春の美しさを感じることのできる日本であって欲しいものだ。

 さて昨今の世界情勢は、米国・イスラエルとイランの衝突に振り回されているというのが正直なところであろう。軍事攻撃開始当初、トランプ大統領は2、3週間で決着をつけると豪語していたが、停戦期間内の交渉は進まず、ウクライナ侵攻と同様に長期化する可能性が高くなっている。表面上はイランの核保有とそれを阻止したい米国・イスラエルの戦いに見えるが、もっと深いところには、エネルギー覇権、宗教、民族や歴史観など複雑な問題がいくつも錯綜しているのが現状である。特に、イスラエルのネタニヤフ政権は国内の極右支持で政権を維持しているので、イランを含めた中東イスラム諸国との紛争を止めることができない。一部の報道では、ネタニヤフ首相はイスラエルが他国との紛争による非常事態が回避されれば、逮捕・失脚させられる公算が高いともいわれている。今回の紛争の主導者はトランプ大統領ではなく、ネタニヤフ首相であると考える向きも多いようだ。

 元来、第二次世界大戦後のイランはパフラヴィー朝によって統治され、欧米化推進の親米政権であったために、両国の関係は悪くなかった。また、イランは中東イスラム諸国の中でトルコに次いで2番目に、イスラエルと国交を樹立し、こちらもまた両国の関係は悪くなかった。しかし、パフラヴィー朝の急激な欧米化政策の推進、イスラム原理主義者などの反体制の弾圧、経済政策の失敗などにより、最後の皇帝モハンマド・レザー・パフラヴィーが国外逃亡し、イラン革命が起きた。海外を転々としてきたモハンマド・レザー・パフラヴィーがメキシコにいた時、癌の治療という名目で、事実上、アメリカに亡命したことがイラン革命政府の大きな怒りを買った。それが1979年イランアメリカ大使館人質事件に発展、両国の敵対化は避けられないものとなった。以来、米国はイランを敵国視し続けているが、今回の紛争の背景にはこうした歴史的事実が含まれている。

 ロシアによるウクライナ侵略が長引く中で、新たな紛争は国際秩序の不安定化や国際経済の停滞を招く。実際、ホルムズ海峡は封鎖され、海峡経由の原油供給を受けていた国はもちろんのこと、石油自給率の高い米国でも、物価の高騰、各種の工業原材料の不足などが問題になっている。当然、ホルムズ海峡経由の原油に依存している日本も例外ではなく、紛争が長期化すれば、こうした供給危機に対応するための備蓄が底をつくことは自明の理であり、現に石油由来の工業資材(ナフサなど)の供給不足が既に大きな問題となりつつある。

 日本は過去に何度も石油輸入の中東依存問題に悩まされてきたので、その度に中東以外の産出国からの輸入を検討してきたのだが、2つの課題によって実現できずにいた。
1つ目は、産油地域によって原油の成分が異なることである。日本の石油精製プラントは基本的に中東産出の石油に対応しており、中南米やアメリカの石油の成分に対応している設備は10%程度と言われている。これから精製設備に改良を加えるには相応の時間とコストが必要であることはいうまでもない。
2つ目は、原油運搬のための運賃高騰である。中東情勢の悪化に伴い、超大型原油タンカー運賃は過去最高水準に達している。ロンドン・バルチック取引所のデータによると、業界の基準ルートにおける運賃は1日あたり42万4000ドル(約6700万円)に上昇したという。

 日本の原油輸入のメインルート(オイルロード)は、ペルシャ湾(UAE、サウジアラビア、クウェートなど)→ホルムズ海峡→インド洋→マラッカ・シンガポール海峡→日本で、約3週間かけて到着する。日本が輸入する原油の約8割がこのルートを利用している。これ以外のルートは、①サウジアラビア経由(紅海ルート)、②UAE経由、③アメリカ、ブラジル、カナダなどの非中東地からの輸入になるが、いずれもメインルートに比べると輸送距離が長く、運賃が1.3~1.7倍かかる。大型タンカーの運賃が過去最高水準にある現在、輸送距離が延びることはコストに直結し、更なる原油高を引き起こす可能性が高い。

 以上の理由で、ホルムズ海峡経由のオイルロード以外からの原油の輸入が困難であることが分かっていただけたと思う。国際情勢が緊迫するたびに、日本のエネルギー政策が取り沙汰され、様々な施策が議論されるが、こうしたコストなど現実的な観点から、中東に依存せざるを得ないのが現状なのである。

 日本は円安+物価高+人件費高騰+原油不足の4重苦と戦っていかねばならないのが現状であり、国内製造業も従来の経営手法やBCPに改定を加えなければならない時代が来ているといえる。「QCDの重視」「在庫は悪」「垂直統合への依存」などは今後、その考え方の基本をアップデートしていかねばならないだろう。
生産の基本がQCDであることは変わらないが、それに加え、安定供給のS(Stable supply)も重要な生産の基本要素になると予想する。

 「在庫は持たない、もしくは持っても最小限が良し」とされてきたが、BCPの観点から考えると、モノ(部材のインパクト分析などによる)によっては今回の石油工業製品などと同様に、適度な余裕(アローワンスやマージン)を持った計画的在庫を容認する必要性も高まるのではないだろうか。そのためにも国内製造業は、運転資金に余裕を待たせることが重要になってくる。また、在庫自体に経営的意図がある場合、持つべきと判断した在庫は保持を肯定され、適切にマネジメントされる在庫管理システムが必要になってくる。

 今回の紛争の終わりはまだ見えていない。地上戦になるまで泥沼化することは、双方が望んでいないと思うが、どう転ぶかが分からないのが国際情勢である。米国では若者を中心にトランプ離れが進んでおり、世論調査では、今回のイランへの軍事侵攻に関しては30代以下では70%以上が反対(全世代では64%)ともいわれている。2024年の大統領選でトランプ氏は「新たな軍事行動は起こさない」と公約していたが、実際にはベネズエラ、イランへの軍事衝突が行われ、公約が守られていないこと、そして、若者の失業率が8.5%に達することへの不満などがトランプ大統領離れを推進していると考えられる。世界中にはこの紛争以外にも多くの問題が存在している。エネルギーの問題は、化石燃料に依存している間は根本的な解決はなく、おそらく核融合の実用化までは続くものと思われる。

 冒頭に書いたように、世界には、宗教、民族、歴史、経済、体制などでの対立・紛争が満ちている。世界中の国が「自国ファースト」を打ち出せば、さらに対立が深まることは避けられない。しかし、人類には対話や譲歩、思いやりなどでこの衝突を回避できる可能性があるはずだ。

 課題は山積みで、問題は複雑に絡み合っているのが現状だが、解決の糸口はシンプルなところにあるに違いない。シンプルゆえに見つけられないのではなく、気付かないだけなのではないか。

 こんな時にこそ、単なる「視力」ではなく、本質を見抜く「眼力」が求められるのだと考えている。

2026年4月 抱 厚志

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