さて、今回は、サー・ロナルド・エイルマー・フィッシャー(Sir Ronald Aylmer Fisher)が取り組んだ実験計画法(Experimental design/Design of experiments)に触れてみたいと思う。
まず、最初に実験計画法について、簡単に定義しておく。実験計画法とは、ものづくりのプロセス(開発、設計、調達、製造など)において実験を行う時、評価する特性とそれに対して影響を有している要因との関係性を調べる方法を体系化した管理手法のことである。
先述のロナルド・フィッシャーが、農学試験で得た着想を発展させて考案した。実験計画法は基本的に統計学の応用分野と考えられており、効率の良い実験方法をデザイン(設計)して、効果的な結果分析を実現することを目的としている。AIなどで実用化されている機械学習などと比較すれば、非常に単純な理論構成ではあるが、現代のものづくり経営においても、品質管理などの分野で頻繁に用いられている。
ロナルド・フィッシャーは、1890年、イギリス生まれの統計学者であり、進化生物学者、遺伝学者、優生学者としても著名であり、王立協会フェローである。現代統計学の父と言われ、集団遺伝学の創始者の一人であり、遺伝学者・進化生物学者としてはネオダーウィニズムを唱えている。フィッシャーは少年時代から数学や生物学に興味を持ち、ケンブリッジ大学では数学を学ぶ傍ら、優生学研究会を組織した。卒業後まもなく、第一次世界大戦が勃発したが、この間は企業の統計係や公立の教育機関で教師として働き、1919年、ハートフォードシャー州のロザムステッド農事試験場で統計研究員としてのキャリアをスタートさせた。
農事試験場では、大量のデータ分析と統計を基本とした『Studies in Crop Variation(穀物量の変動に関する研究)』という論文を発表し、注目を浴びることとなった。これを契機にフィッシャーは、独自の研究と理論構築を推し進め、実験計画法・分散分析・小標本の統計理論などの革新的な理論を発表し、高い評価を受けた。
フィッシャーは、実際的なデータの分析から始め、その研究を新しい統計学理論へと展開することを常道とし、ここでの業績は、1925年に『Statistical Methods for Research Workers(研究者のための統計学的方法)』として上梓され、結実する。1935年には『The Design of Experiments(実験計画法)』を出版し、これもその後の統計学の古典的スタンダードの一つとなる。
さて、話を実験計画法に戻すが、実験計画法の目的は、効率的で客観的な結論を得られるように実験を計画(設計)することであることが前提であることを理解して頂きたい。品質管理などの分野での実験計画法は、実験数やサンプリングを減らすための手法と認識されがちだが、実験計画法の本質は単純に実験数を減らすことではなく、問題解決のために最適のデータ取集方法で集めるように計画を立てることである。
残念ながら実験計画法の詳細はここで解説できるものではないので、興味を持たれた方は独自で調べて頂きたいが、原則や用語の概要を説明する。まず実験計画法には基本的な原則が3つ存在する。
1.局所管理
調査対象要因以外の要因を一定化する
2.反復
実験ごとの誤差(偶然のバラツキ)の影響を除外するための同条件での反復を行う
3.無作為化(ランダム化)
制御不可の要因の影響を除き、偏りを最小化するための条件を無作為化する
次に用語については3つを示したい。例えば『ネジの強度を高める目的で、ネジの製造温度を変化させながら、強度を測定する』という実験があったと仮定する。
ここで登場する実験計画法の用語は以下の3つである。
1.因子:実際の製造温度
2.水準:変化(150度、200度、250度などの具体的な製造温度の変化)
3.特性値:ネジの強度の値(得られる結果)
実験において因子や水準がたくさんある場合、行うべき実験の数は大幅に増加する。例えば、7つ因子に2つの水準を取り上げた場合には2の7乗、つまり128回の実験が必要となり非効率である。実験計画法では、この増加する試験数を抑制するために「直交表」を利用する。説明が難しいが、直交表内の数字は、各因子の水準を表し、任意の因子間の水準の組み合わせが均等になるように配置されており、これを利用すれば、最小の試験回数で最適な水準組み合わせを見つけることができるとされている(因子間の交互作用の区別は必要であるが)。
このように、1.大幅に試験回数を減らしたり、2.条件の内容と試験結果の関わりを数値的に把握できたりするメリットがあり、新製品や新技術を市場に投入する場合、3.品質不良などの問題を合理的に分析し、対策を打てること、4.そのことで製品やサービスの開発サイクル短縮を実現できることなども大きなメリットと考えられる。これらは現代のものづくりにおいても大きなメリットであることは間違いない。
現代ではIT技術が発展し、実験計画法では現物の実験ではなく、コンピュータを利用したシミュレーション技術が用いられている。それらは機械設計、電気回路設計、熱設計、設備設計などに応用され、そのシミュレーション精度は実務で全く問題のないレベルに達している。
話をフィッシャーの後半生に戻す。ロザムスッテド農事試験場で大きな成果を上げたフィッシャーは、1933年にロザムステッドを去り、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンに優生学教授として招聘され、1936年に線形判別分析を発表した。しかし1939年、第二次世界大戦が勃発すると、大学の優生学科は解体され、フィッシャーは主要な要員・施設・備品などを接収され、ロザムステッドに戻された。フィッシャーは大いに落胆したが、その後も結婚生活の破綻、長男の戦死などの悲運が続いた。
そのような中、1943年に母校ケンブリッジ大学に招聘された。遺伝学科の発展的再建は叶わなかったが粛々と研究を重ね、多くの賞を受賞し、1952年にはナイトの称号を受けた。1957年ケンブリッジを退官し、オーストラリア・アデレードのCSIRO(Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation)に客員研究員として招聘されたが、同地で結腸がんのため死去した。
フィッシャーが1925年に発表した「フィッシャー情報行列」の概念は、クロード・シャノンによる情報理論のエントロピー概念に先立つこと20年以上であり、フィッシャーの研究の先見性や普遍性が窺える。またフィッシャーの情報理論は、近年の人工知能におけるベイズ推計学の発展によって再び注目が集まっていることも付記しておく。
実験計画法は統計や品質管理での活用だけでなく、医学、機械工学、情報工学、実験心理学や社会調査、マーケティングなど、広い分野で応用されている。品質管理では、実験計画法を発展させ、品質工学(タグチメソッド)という新たな分野も誕生した。
改善の系譜では、しっかりと押さえておきたい「実験計画法」である。
2024年 8月 抱 厚志