このような時だからこそ、腹を括り、時節到来に備える

 正直なところ、新型コロナウイルスの報道についてはうんざりする。
テレビのどのチャンネルでも、ネットでニュースを読んでも、友人と話しても、メールを交換していてもこの話題ばかりだ。マスコミは不安を煽る報道が大半で、政府や行政の対策や説明は一貫性とスピードが欠如し、先行き明るく感じさせてくれるものはほとんどない。

 確かに状況が悪化の一途を辿っていることは理解しているし、国や行政の指示に従う事は重要であり当然だと認識しているが、悲劇的な現状を知りながらも、併せて現実的未来に向き合っていかねばならないと思う。

 情報が氾濫している現在では、情報収集能力とともに、情報分析力、言い換えれば数多ある情報の中から我々にとって本当に重要な情報を識別する情報鑑識眼が必要なのではないだろうか。
情報鑑識眼を働かせないと、自分自身が情報の渦に巻き込まれてしまう。

 昨年読んだ中でも、特に面白かった1冊に「FACT FULNESS」(ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド 著)という本がある。

FACT FULNESS

 この本は「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」の重要性がテーマであり、情報過多の時代に人は無意識に10の思い込みをしてしまうという内容である。

 人間の本能に基づく10の思い込みとは
1.分断本能 「世界は分断されている」という思い込み
2.ネガティブ本能 「世界がどんどん悪くなっている」という思い込み
3.直線本能 「世界の人口はひたすら増え続ける」という思い込み
4.恐怖本能 「実は危険でないことを恐ろしい」と考えてしまう思い込み
5.過大視本能 「目の前の数字がいちばん重要」という思い込み
6.パターン化本能 「ひとつの例にすべてがあてはまる」という思い込み
7.宿命本能 「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み
8.単純化本能 「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み
9.犯人捜し本能 「だれかを責めれば物事は解決する」という思い込み
10.焦り本能 「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み
であり、世界を正しく見る、誰もが身につけておくべき習慣でありスキル、「ファクトフルネス」を解説した著書である。

 本書の本来の目的から少し外れてしまうが、現在の情報、報道の偏向の背景には、この10の本能が働いているように感じられてならない。

 もちろん全ての報道や情報発信に偏向や悪意があるとは思わないが、これほど悲観的なニュースの繰り返しばかりでは、無意識の不安を煽られない方が普通ではないだろう。それはこの本にも書かれていたが、ニュースは悲劇的に報道するほど、視聴者を集めることができるのである。

 現状が厳しい状況にあることは、誰もが理解している(国や行政からの要請を無視する一部の状況軽視の人々を除いてだが)と思う。現在の局面は、我々はこれ以上の感染拡大を防止することに努め、医療従事者の方々にはできるだけたくさんの命を救って頂くことが必要だ。

 そして、状況が好転したら、暮らしや経済を復旧させるのは我々の役目であると思う。
故に状況が最悪の時にも、現状が打破されることを信じて、できる限りの準備をすることが重要なのだと思う。

 新型コロナ禍は長期化することは必定であるし、巨大な経済不況も始まっていることは間違いないだろう。

 しかし、不安ばかり掻き立てられていても何も解決しない。
現実を突きつけられたのであれば、その現実に向き合っていくことを心に決めなければ何も解決しない。溢れる情報や社会不安の中から今やるべきことを選別し、これからの苦難に立ち向かう準備を始め、この逆境からV字回復への具体的施策に考えを巡らせなければならないのではないだろうか。家族や社会、日本や世界を守り、維持していくのは我々人類なのだから。

 特にリーダーの果たすべき役割は重要であり、この未曽有の苦難と向き合っていくために、覚悟のある行動が求められる。その覚悟をするためにも、正しい情報鑑識眼を持った情報識別が重要であることは間違いがない。

 これからの会社経営や働き方も、この新型コロナ禍を境に大きく変わることは間違いなく、それは社会自体が価値変動を起こすという事に等しいといえるだろう。この価値変動に対応できない企業は、今後、急速に企業競争力を失っていくだろう。

 少し話の方向を変えてみたい。
新型コロナ禍が急速に経営や仕事の形やあり方を変え始めている。在宅勤務などは、その最たるものといえるが、弊社でも在宅勤務を始めるにあたって、まず困ったのは以下のようなことである。
1.会議やミーティングなどの指示連絡、情報の共有をどうするか。
2.現物の紙や書類を扱うワークをどのようにするのか。
3.在宅勤務でも生産性を下げないためにどうするのか。

 比較的リモートワークに適している弊社のようなIT企業でもこの様なので、工場や店舗などでは、操業の維持などもっと喫緊の問題があるはずだ。

 弊社でも働き方改革関連法案の施行を受け、一昨年から働き方改革に取り組んできた。
働き方改革プロジェクトを発足させて、全社の意見を収集し、目標とスケジュールの作成、具体的施策の立案を行ってきた。

 子供を持つ親の状況を考慮し、3つの勤務時間を選べるセレクト勤務制などを実施し、今年の6月以降にはリモートワーク(在宅勤務だけでなく、サテライトオフィスの利用など、少し幅広く働く場所が選択できること)の導入を計画していた。

 しかし、生産性の維持、勤務実態の把握、働き方改革に伴う人事考課制度の改変、各部門間の不公平感の排除などをどうするかなどという課題もあり、最初は限定的に週1日程度の範囲での試行から開始することになったが、今回の新型コロナ禍によって、これまでの議論や課題など関係なく、待ったなしでの実施となった。

 現在、在宅勤務は必須であり、この状況の前に性善説も性悪説もなく、社員一丸やるべしという流れである。

 幸いなことに働き方改革への取り組みの中で、スタッフも含む社員全員にノートPCとスマートフォンの支給は終わっていたし、VPNの構築、運用も完了していたので、全員がVPNにアクセスする前提で回線の帯域確保(通信速度)の手配だけで、在宅勤務は始めることができたのはラッキーだった。

 在宅勤務ではこれまでのように社員がオフィスに集まって仕事をするわけではないので、会議やミーティングなどはオンライン会議が中心となる。弊社では、働き方改革のへの取り組みの中で、ZoomというWebミーティングのシステムを導入済みで、昨年から拠点間の会議、海外のオフショア先とのミーティング、国内外のお客様との打ち合わせなどは、少しずつオンラインに移行してきた。最初は戸惑いからくる社内外の混乱もあったが、昨年は売上を伸ばしながら出張費を25%程度削減でき、これからはさらに活用の範囲を拡げていこうと考えていたところだった。

 Zoomは最近、セキュリティの問題があることが指摘されているが、弊社ではミーティング相手にパスワードを送付し、オンライン会議室への入室確認を行う運用に変えることで対応している。前述のように最初は混乱もあったが、非常によくできたシステムであるので、操作に慣れることによって大きな効果を実感しつつある。今回の緊急事態においても、課題や問題はまだ残るものの、オンラインでの会議やミーティングによって最低限のコミュニケーションは確保できているものと感じている。

 今後は残された問題にアプローチするために
1.Zoomの基本操作だけではなく拡張機能を活用し、より効果を創出する勉強会の実施
2.オンラインでの打ち合わせの手順、ルール、作法などをメソッド化して、ストレスフリーなオンライン会議を行う
3.ウェビナー(ウェブセミナー)などをフル活用し、マーケティングや営業にも活用する
などに取り組み、オンラインミーティングが日本で一番上手い会社にしようとすることを目標にしている。今後もオンライン会議がスタンダードになるのであれば、今のうちから徹底的な活用で他社と差別化しようとする戦略である。

 在宅勤務で困った二つ目の問題の「現物の紙や書類を扱うワークをどのようにするのか」というのは、日本の判子を押す文化と紙媒体重視の現物主義が越えるべきハードルになっている。

 請求書や納品書、領収書など、各種伝票なども電子化すればはるかに効率的であることは分かっているが、電子帳簿保存法がまだ実際のビジネスの現場との間に乖離があり、相変わらず現物の伝票が企業間や社内を往来している。弊社でも今回のコロナ禍で、完全な電子帳簿保存法に対応はできなかったが、伝票などをスマホで撮影して送信することによって、スタッフ部門が在宅で作業できるように工夫を行った。腹を決めて工夫をすればなんとかなる好例だと思う。今後はさらに積極的な取り組みを行いたい。

 三つ目の生産性については、今後、測定を繰り返していくことになるが、現在までの社員の感想を集めてみると、「会社にいるよりも集中できる」「一日の計画を持たないと仕事が進まないので、自己管理への責任感が高まった」などの意見も上がっている。

 また、次回以降に書いてみたいと思っているのだが、OKR(Objectives and Key Results)やMBO(目標管理)などを徹底し、短いタイミングで回すことができれば、少なくとも弊社のようなIT企業やエンジニアリング色の強い企業では、それほど生産性を低下させることなく施行できるのではないかという手応えがある。

 反面、一人暮らしの社員はコミュニケーションが不足して孤独を感じたり、ちょっとした質問なども都度オンラインやメールに繋がなければいけないので手間を感じたりするという意見もあった。一部の企業では高まるコロナ禍の不安と在宅での孤独感から、「コロナ鬱」なるメンタル不全を発症する社員がいたり、飲酒によるアルコール依存症などが増加したりする報告がされている。ちなみにアメリカでは3人に1人が飲酒で在宅勤務をしているという記事を見た。このようにリモートワークは両刃の剣でもあるので、その利用と並行して、制度やルールの整備を行わなければならない。

 しかし、最終的にはこうしたビジネスやライフスタイルのデジタル化は、コロナ禍による一過性のものではなく、今後の仕事や生活において、当たり前の技術になるだろう。
そうした仕事や生活のデジタル化をDX(デジタルトランスフォーメーション)と捉え、経済産業省が唱えている2025年の崖を越えて行くために必須条件としなければならない。

 今後の企業経営は困難の度合いを高め、サバイバルの様相となるだろう。コロナは憎い、しかし誰の責任を問えるものでもない。経営不振の責任を全てコロナのせいにすることは簡単だが、この禍が現実となった今、それも含めて乗り越えて行くのが経営者としての責任であると自分には言い聞かせたい。

 経営は外部環境要因に大きな影響を受ける。
しかしそれ自体も経営のサイクルに含まれるものだと思いたいし、思わなければコロナを恨みながら消えていくのみだ。

 本当の経営者としての資質が問われる時が来た。
 使い尽くされた言葉だが「ピンチをチャンスに変える」
 これを信じる己の強さが求められる。

 それを支援するものの一つがITであり、DXである。

 次回以降はこの苦境を乗り切り、2025年の崖の向こうに自社を持っていく具体的な方法について考察してみたい。

2020年4月 抱 厚志