散る桜 残る桜も 散る桜

 春到来である。
陰暦での春といえば、睦月(1月)、如月(2月)、弥生(3月)を指すが、現代の感覚でいえば、3月中旬~5月末あたりを指すのが一般的であろう。

 春には大地を照らす陽光は優しく、森羅万象は生命の息吹に満ちる。
日本人に一番好きな季節を問えば、約3分の1が春と答えるそうだ。春の季節感や魅力が最も日本人の心の中に染み入りやすいということか。

 古人でも春を題材にした歌を詠む人は多い。
私見であるが、まず浮かんでくるのは
『花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに』
という小野小町の和歌でないだろうか。
花の色の移ろいを人生の齢にたとえ、そのほのかな悲哀を歌う古今集に収められた歌である。

 また古今和歌集にある在原業平の「渚の院で桜を見て詠んだ歌」いう歌がよく知られている。
『世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし』
桜の花の咲散に心を惑わす人々の心を詠んだ歌だが、この歌には有名な反歌がある。

『散ればこそ いとど桜はめでたけれ うき世になにか久しかるべき』
 伊勢物語に収められている詠み人知らずのこの反歌は、桜は散るからこそ素晴らしい、この憂いの多い世の中に久しくあり続けるものなどないというのが大意である。

 若いころには和歌といえば受験勉強のひとつで、雅味を味わうことなどなく、ひたすらに暗記すべきものだったが、齢を重ねてくると、古典の良き味わいが身に染みてくる。

 時間は不純なものを淘汰し、引き継ぐべき本当の価値の純度を高めて行くものだが、古典もこの例に漏れないだろう。
栄枯盛衰、世に必要とされるものが残るのが世の理である。

 先日、幕張メッセで開催されたIT関係の展示会を見学してきたが、まさにテクノロジーの世界には栄枯盛衰を感じさせられた。
ITは先端技術であるので、常に新しい技術やコンセプトが現れては消える。
この業界おいては5年前の技術などは、ほぼ忘れ去られたもの同然となり、日進月歩、いや秒進分歩と言っても過言ではない様相である。
そのような中で大きなブームを巻き起こし、世界を席巻した製品にも終焉を迎えつつあるものが多い。

 1990年代の後半に国際会計基準の登場で到来したERPブームも、そのトップリーダーであったSAP社(独)が主力製品であったSAP ERPや同製品を同梱したSAP Business Suiteの保守サポートを2025年で終了することを発表した。
日本国内だけでも2000社以上の導入企業を持つこのソフトウェアの保守サポート中止は、「2025年問題」などと言われて、多くのユーザを悩ませている。
カーツワイルの「収穫加速の法則」が現実化している現在では仕方がないことかも知れないが、昨今、展示会で注目を浴びているテクノロジーも10年後にはどれほどのものが生き残っているのだろうと疑念を持たずにはいられない。

 それはさておき、今回の展示会で注目を浴びていた技術をいくつか紹介したい。

 まず実用化に向けて一歩前進を感じたのは「VR(仮想現実)・AR(拡張現実)」であった。
VRやARを出展するブースも多く、以前は技術的にもゲームやエンターテインメント要素が強かったが、今回はビジネス用途のアプリケーションが数多く出展されており、VR・ARが実用レベルに入りつつあることを感じた。

 VR・ARは製造業における活用にも可能性がある。
現場の人材育成や技術承継はもちろん、現場におけるものづくりのアシスタンス機能や治工具管理のツールなどになり得ると思われる。
今後さらに現場のデジタル化が進み、ロボットや自動工作機などが増加すれば、それらの管理にも大きな効果を発揮するだろう。

 VRはCADソフトウェアとの連携が一段と加速し、設計のデジタル化に伴う試作領域で大きな効果を期待できる。
より現実に近い設計・試作シミュレーションは、製品開発のプロセスを高速化し、品質や性能の向上に寄与することは間違いない。
製品のライフサイクルが短縮されている分野では期待のテクノロジーといえる。

 VRは「仮想現実」といわれるが、仮想と現実を繋ぎ、それをインタラクティブに加速し、緊密な連携を実現するであろう。
今後は装着するデバイスの小型化、軽量化、音声との連動による操作性の向上などが課題ではないだろうか。

 次に目についたのは、やはりAI(人工知能)である。
ここ数年で、AIがTVやネットなどの話題に上らない日はないほどの注目ぶりであり、展示会でも機械学習やディープラーニングを前面に押し出しながら集客を行うブースも多かった。

 AIの歴史は古く、今回のブームは「3度目の春」と言われるが、この春を呼び込んだ技術が「ディープラーニング」であり、自分でデータの特徴量を導き出し、分析、推論を行うことは技術的にみても画期的なテクノロジーである。

 だが、筆者も大きな期待を持って、いくつかのAI展示品のデモ、説明を受けたが、正直なところ、まだまだ噂(期待)先行である感は否めなかった。
私見ではあるが、とにかくアプリケーションの対象業務が専門的、ニッチすぎる。
技術の進化は市場の需要に比例するものであるから、あまりにニッチな技術は市場規模が限られ、売上が限定されるので継続的な開発投資を生みにくいので、汎用的とはいわないまでも、業種軸ではなく、業務軸に対応できるAIのエンジンの開発が必須であろう。

 AIには「広いAI(汎用的)」と「狭いAI(専門的)」の2種類があるが、現在、製品化されているのは主に狭いAIを実現したものである。AIの第2の春はエキスパートシステムの時代と言われ、この狭いAIが特定分野において活用された。
世間は広いAIの登場を期待したが、1990年前後のマシン性能では、十分な演算速度を得ることができず、シンボルグラウンディング問題やデータの揺らぎへの過剰な反応などの問題で、専門的分野限定においての部分的実用化にしか至らなかった。

 しかし昨今のAIにはそのポテンシャルを引き出す環境が整いつつある。
AIの性能はそのアルゴリズムもあるが、やはりデータの量と質で決まるといってもよい。
その点でインターネットやIoTにより、データの集積については大きな期待が持てるし、近年の劇的なCPUの演算能力向上やGPUの登場、大容量データを管理できるデータベース、少し視点を変えればクラウドやエッジコンピューティングなどもAI製品化の追い風である。

 またアルゴリズムを記述するプログラミング言語も高級化しており、自らのアルゴリズムを自分で書き換え、自動的なアルゴリズムの最適化を行う技術も登場することは間違いないだろう。

 製造業においては、生産計画立案、知的なMRP(資材所要量計画)、原価企画や原価計算、設備管理、需要予測、在庫の最適化、BOMなどの基準情報の自動最適化など、「狭いAI」として応用が期待される。

 将来的には、これらの狭いAIを統合、最適化するプラットフォーム自体を管理、運用する狭いAIが登場し、全体として見れば、業務軸での最適化を図る、すなわち仮想的な広いAI(狭いAIの集合体)が登場するのではないだろうか。
現状では過剰な期待がされているAIであるが、成長の環境が整った現在、しっかりと結果を出せる、企業経営に不可欠なAIに進化すべき時を迎えている。

 最後にもう一つ挙げるとしたら、データマイニングツール(BIツール)のグローバル化であろうか。
ビッグデータを中心としたデータの利活用には5段階のステップがある。
1.データ収集・蓄積 2.可視化 3.予測化 4.効率化 5.ビジネスモデルの変革であるが、現在の国内におけるデータ利活用は1.が中心であり、大半の企業が2.を目指し、先鋭的な企業が3.の実現に取り組んでいる。

 データの利活用については、局地的な改善手法ではなく、経営全体の改革を目指さなければならないが、現状の日本企業は局地的改善におけるデータ活用に留まっているように感じられ、コンセプトも外国のグローバル企業に一日の長がある。

 だからなのかは分からないが、昨今、海外のデータ分析ツール、特にインテリジェントなBIツールは海外製品の日本語化が進んでいるようだ。
今回の展示会でも、中国、アメリカ、イスラエルなどのBIツールを日本語化した製品が展示されていた。
実際にデモンストレーションも見たが、国産BIツールよりも優れた体系的分析とUIを持ち、その進化には驚かされた。
今後はこうした海外のソリューションのローカライズによる輸入が増えてくるだろう。

 世間では最新テクノロジーが春を謳歌している。
そのいくつかは盛夏を迎え、さらなる進化を遂げるだろう。

 文末に良寛の俳句を一句。
『散る桜 残る桜も 散る桜』

2019年4月 抱 厚志