ピンチの時ほど大きく変わるチャンス

 2020年3月上旬、完全にパンデミックの状態といえる。
3月1日現在では南極大陸以外のすべての大陸で新型コロナウイルスの感染者が確認された。日本も水際や地域での防疫は失敗し、市中感染が拡大する気配があり、これからの防疫の単位は企業や個人が中心となってくるだろう。社会的、組織的な防疫が難しくなってきた現在、個人防疫の基本である「うがい、手洗い」「可及的な濃厚接触回避」などが重要になる。社会が困難な時ほど、一人一人の原点回帰が必要である。

 感染拡大も怖いが、その後のリセッション「コロナ不況」はもっと恐ろしい。
これまでの政府の異次元金融緩和により、今の日本には不況に対する有効な金融政策が残っていない。そこに労働時間短縮を目指す働き方改革の必要性を含めると、日本経済の先行きは不透明の度合いが強い。

 昨年より、弊社でも働き方改革の実現に向けてテレワークの準備を始めており、先月に全社員へノートパソコンとスマートフォンの支給を完了し、社内のVPNの再整備なども行っていたが、まだ運用ルールや評価制度などが十分に策定されていない。

 しかし、今回の新型コロナウイルスの件を緊急事態と判断し、できるだけ社員の感染リスクは少なくしたいし、学校の休校も決まったので、体制未整備ながら強引に、一部在宅勤務も開始することにした。
日本では働き方改革でテレワークへの取り組みが声高に叫ばれているものの
・職場に迷惑をかけるという意識
・組織分離不安
・評価軸が一緒にいる時間という感覚
・セキュリティ体制の未整備
・運用ルールの未策定
・運用過渡期の生産性低下
などが、その導入を阻んでいるのが現状である。

 今回の問題に対応するために、テレワークに取り組んできた企業も、十分な準備なしで本番に突入してしまったケースが多いのではないかと思う。コロナ不況に合わせて、急な勤務形態の変更などで生産性が著しく低下することは、企業にとっては存亡の危機になる可能性がある。

 しかし日本は強い国だ。
阪神淡路大震災、リーマンショック、東日本大震災と未曽有の国難を克服してきた過去があり、今回もきっとこれを乗り越えるものだと信じている。

 よく「ピンチはチャンス」という言葉を聞く。
言い換えれば、決して諦めることなく、常に新しい角度からチャレンジを繰り返すことの必要性を説いているともいえるだろう。今回の様な未曽有のピンチには、より大きな意識や行動の改革が求められることはいうまでもない。ビジネスにおいても、これまでの手法や価値観を改める良い機会だと考えたい。

 話は変わるが、最近よく耳にするキーワードに「OMO」というものがあるのだが、皆さんはご存じだろうか?
『Online Merges (with) Offline』の略であり、オンラインとオフラインの融合を意味するマーケティング概念のことである。これからの社会生活やビジネスは常にオンラインに繋がっていることが前提で、オフラインの局面は加速度的に減少していくということだ。言い換えれば社会やビジネスはデジタルが前提であり、アナログはそれを補完するものであるという考え方である。

 これまでのビジネスの「主」はアナログであり、デジタルはアナログなプロセスを合理化、省力化するという建前で、オペレーションを高度化させるための「従」であったといえる。しかしOMOではこの主従が逆転し、ビジネスの主体はデジタルにあり、アナログはそれをより効果的に演出、補完するためのプロセスであるという考え方だ。
働き方改革もOMOで考えて見れば、テレワークの必要性や妥当性が見えてくる。

 「おもてなし文化」というアナログな価値を重要視してきた日本には、コペルニクス的転回の価値変動である。これまで「ムダに思えても無益でないもの」あるいは「無益に見えてもムダでないもの」など、デジタルでは表現できないような価値を大切にしてきた日本が、その価値観を改めなければならないということである。もちろん、おもてなしの重要性を否定する気など毛頭ないが、今後はデジタルと融合した「おもてなし2.0」が必要になるだろう。

 2025年までには「お店でモノを買わない時代」がやってくるといわれている。
流通している商品をただ陳列しているだけの店舗は、オンラインのECショップには勝てなくなる。実店舗を所有していれば、店舗の家賃、人件費、在庫などの経費が発生するが、ECでの店舗は全てがバーチャルであり、固定費が実店舗よりはるかに安いので、それは直に価格に反映される。また実店舗での購入では時間に制限があるのに対し、ECでは基本的に24時間365日の購入が可能であり、商品点数や探し方(商品検索)も豊富で、最終的には自宅まで配送してくれる。

 店頭ではアナログなピンポイントの接点(接客)が重要なのに対し、ECではデジタルにより最適化された一連の購入プロセスが重視され、顧客に価値のあるカスタマージャーニーを提供することが目的となる。これからの実店舗では単なる物販だけでは生き残れないので、モノとコトを融合した体験型店舗が生き残ることになるだろう。しかし場合によっては、その体験すらVRやARに取って代わられる可能性すらある時代であり、それほどITは現実に肉薄しているといえる。

 故に社会や企業にはDX(デジタルトランスフォーメーション)は必須であり、OMOはその根本的概念であるといえる。2025年の崖は、確実に存在するのである。

 DXの真の価値は、ビジネスオペレーションの高度化ではなく、ビジネスモデル変革による収益構造やバリューチェーンの刷新にあるという大きな視点で捉えなければならないが、その点で日本はアメリカや中国には全く及ばない。20年ほど前のIT業界において、中国というのは廉価なオフショア開発の委託先であり、技術的な先進性は日本にあった。しかしその後、中国は国家を挙げた強力な取り組みで、単なるオフショア開発国から、世界をリードするIT大国へと急成長したのは周知の如くだ。

 昨年、「新たなAI大国 その中心に『人』はいるのか?」(2019年, オラフ・グロス、マーク・ニッツバーク著)という本を読んだが、まだ日本にIT技術でのアドバンテージがあると思い込んでいた私にとっては、時代とIT勢力図の変化に驚嘆させられることばかりであった。多くの日本人が、まだ日本の方が先進的である考えているが、これは全くの誤認識であり、世界のITをリードするアメリカと中国に、今後20年、日本が追いつくことはないだろう。

 日本は先進国でも、新興国でもなく、世界からは『後退国』と呼ばれているのが現実である。B2Cで引き起こされた変化やイノベーションは、本質を変えることなく、形や規模だけを変容させながら、必ずB2Bの世界で発現するが、中国やアメリカではこれを忠実に再現している。日本でもAmazonや楽天などのB2Cを利用して、ネットでものを購入することは、生活の中ではもはや当たり前のことであり、この利便性は必ずB2Bにも求められる。

 製造業においては、これまでの「古いアナログな付き合い」ではなく、「インターネットに最適なサプライヤーを広く求める」時代がやってくる。そしてその最適なマッチングをアシスタントするのはAIだろう。

 これからのB2Cには
(1)高頻度接点による行動データとエクスペリエンス品質のループを回すこと。
(2)ターゲットだけでなく、最適なタイミングで、最適なコンテンツを、最適なコミュニケー
ション形態で提供すること。
※参照「アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る」(2019年, 藤井保文、尾原和啓著)
が重要だそうだが、このB2Cの価値観は形を変えながらもB2Bでも求められるコンセプトになるだろう。

 3月9日に配信されたプレジデントオンラインで「新型コロナでついに日本の営業マンは絶滅するかもしれない」という記事があったが、日本の営業マンの数は2001年の968万人から、2019年には856万人にまで減少した。いま営業の世界では、①Marketing Automation(MA)、②Sales Force Automation(SFA)、③Customer Relationship Management (CRM)などの「Sales-Tech(営業自動化)ツール」が、確実に営業マンの役割を奪いつつある。

 代表例は創業からたった8年、アメリカ自動車業界では、時価総額全米1位、全世界的には6位に躍り出た「テスラ・モーターズ」社だ。これまで車はディーラー販売が常識であったが、テスラ社では直営店販売が基本であり、2019年3月、イーロン・マスクは直営販売店さえも一部の店舗を除いて廃止し、インターネット販売に全面的にシフトすることを発表した。自動車業界でもOMOは進行している証左である。

 国も企業も個人も繋がることや繋がり方を変えていくことで、その価値を変容させていくことができる時代の到来である。コロナ不況などと言われ始めて、今後のリセッション(景気後退)が懸念されるが、ピンチをチャンスに変える力を持つ企業が生き残るものだ。

 これを契機に自分の思考ロジックをデジタルに切り替えたい。
これからのビジネスモデルは「常時オンライン」「プロセスのデジタライズ」がキーワードである。

 最後にお勧めの一書をご紹介したい。
文中にも登場した「アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る」である。

アフターデジタル

 この本は本当に読み応えがあり、3度も読み直したほどだ。経営者や経営企画の方にはぜひご一読をお勧めしたい。

2020年3月 抱 厚志