【第6回】テイラーの科学的管理法の登場

 イギリスに起こった産業革命によって、生産性は飛躍的に向上し、社会に大きな変化をもたらした。産業革命への取り組みが、そのまま国力の豊かさに反映され、世界の秩序を構成したともいえるだろう。その一方で、深刻な環境汚染や劣悪な労働環境、資本家と労働者の二分化などの問題が発生し、社会主義などの新しい社会思想が登場したことは前回までに述べた。これは、産業の急激な変化に社会が追随することができなかった時期であるといえる。生産に関する直接的なプロセスは機械化することができたが、それをマネジメントする手法が「経験」に則った非科学的なものであり、工場管理に科学の導入が求められることは当然の成り行きだった。

 今回から具体的な生産管理(生産改善)技法の歴史に踏み込ませていただく。

 初回は労働の科学とその管理を用いたマネジメント手法であり、テイラー・システムとよばれる科学的管理法を構築した、フレデリック・ウィンズロー・テイラー (Frederick Winslow Taylor)の解説から始めたい。

 前述のように、イギリスで始まった産業革命はヨーロッパ諸国に伝播し、海を渡ってアメリカでも産業界に大きな変革をもたらした。1900年代初頭、アメリカではそれまでの家内制手工業が工場制機械工業に変わり、様々な工作機械が発明、改良され、産業の生産性は飛躍的に増加したが、急激な変化は経営と労使関係に問題を発生させていた。

 経営の問題とは、

  1. 経営者(資本家)と労働者が分離し、経営者が生産現場(労働環境の改善など)に関与しようとしなかったこと
  2. 経験則に基づいた前近代的な経営をするため、そのしわ寄せが全て現場に集約されてしまったこと
  3. 場当たり的で、一貫性の欠如した成り行き経営が実践されていたこと
  4. 機械化により生産性が向上したことで労働者賃金も上昇したが、それに伴い、経営者は人件費を圧縮するために出来高の単価を下げるようになった。その結果、労働者のモチベーションが低下したこと

などが挙げられる。

 また、労使関係の問題とは

  1. 生産規模の増大に合わせて「職人への現場業務委任とマネージャーによるイニシアティブ管理」という熟練労働者に現場管理を任せる内部請負制度体制が取られていたので、安定的な労働力供給ができていなかったこと
  2. 非効率な経験則に頼り、労働者は生産力が増大すると失業するという喧伝に恐れを感じていた。また、現場管理者は報酬カットによる安易な利益率確保を行うことで、現場の信頼を失った。結果、生産現場において組織的怠業が行われていたこと

などである。

 この経営や労使関係に存在する問題のために、経営者・労働者が相互に不信感を抱くようになり、工場は経営者が望むような生産性増大には至らなかった。

 フレデリック・テイラーは、この経営者と労働者の相互不信の体制が持つ構造的欠陥に着目し、マネジメントを経験則から科学へ転換させる必要性を提唱した。管理についての客観的な基準を策定することで、組織的怠業を打破し、労使協調体制を作り、その結果として工場の生産性向上や労働分配率の向上(労働者の賃金上昇)などの共存共栄の労使一体化を目指した。

 そのプロセスで生まれたのが「科学的管理法」であり、テイラーは「科学的管理法の父」と呼ばれている。テイラーが開発した科学的管理法には以下の3つの原理があり、その3つの原理は更に詳細な要素へと細分化されている。
 A.課業管理
 B.作業標準化
 C.作業管理のために最適な組織形態

 A.の「課業管理(課業とは基本的に1日に課す作業、ノルマを指す)」とは5つの要素で構成され、それぞれ目標を立て、その目標を監督者(場合によっては経営者)と労働者が共有することにより適切な管理を実現し、生産性の向上を目指すことである。適切な目標設定は現場のモチベーション維持、向上に役立つとテイラーは考えた。課業管理の5つの要素とは以下の通りである。

<1>課業の設定

工場作業者の1日の課業とは、模範的作業者が実行できる仕事量を基本として設定される。課業において、適切な目標設定は現場のモチベーションの向上につながるが、達成できない過大なノルマや作業者を過小評価したノルマは、逆にモチベーションを低下させる要因となりうる。テイラーは、後述の作業標準や時間研究などの科学的手法で目標設定を行い、労働者の動機づけをすることが重要であると考えた

<2>諸条件と用具等の標準化

労働者にはその熟練度に関係なく、同じプロセス(手順)や工具、機械で統一化された標準作業を行わせた。言い換えれば「唯一最善の方法」を明確化し、それを労働者に徹底的に実施させることで作業効率の向上を目指した

<3>成功報酬

標準化によるノルマを達成した労働者に対し、割り増し賃金を支払う出来高制に似た賃金体系を確立した。成功報酬により労働者の動機づけを行い、組織的怠業を防止させた

<4>不成功減収

前述のようにノルマを達成した場合には割増の成功報酬を支払うが、ノルマを達成できなかった労働者に対しては賃金を割り引いて支払う方式を採用し、労働者の給与に差を付けた。この給与の差によって現場の意識や行動に変化が生じた

<5>最高難易度の課業

ノルマは達成難易度が高すぎると現場のモチベーションが下がるので適切な設定(達成可能範囲内での高い目標)が必要であるが、その基準を優秀な労働者の能力に合わせて設定すること(最高難易度の課業)で労働生産性を高めることが可能となった

 B.の「作業標準化(作業研究)」には時間研究と動作研究の2つの要素があるということが、テイラーの科学的管理の中核的な考え方である。労働に科学を導入し、合理性を提示することで労働意欲を高め、生産性向上を目指す狙いがある。

<1>時間研究

生産工程における各作業の標準所要時間を科学的な手法(ストップウォッチ法、ワーク・ファクター法、MTM法)などで測定して、ノルマを設定するための研究である。テイラーは優秀な労働者の作業量を標準に設定するのではなく、生産工程における動作を更に細かい「要素動作」という単位にまで分解し、その要素動作をストップウォッチで時間測定、一定の補正などを加えながら標準時間の算定を行った。一定の補正とは、作業者の特殊性を除くための平準化(レベリング)や、測定した正味作業時間に適度な余裕時間を加算し適正化することをいう。そして補正された動作要素(標準作業時間)に基づいた生産数をノルマとして課した。一方的な管理者の経験則によるノルマ設定が行われるのではなく、科学的手法を取り入れることで、賃金システムの公平性が担保され、現場のモチベーションは向上した

<2>動作研究

テイラーが標準作業量の設定の一環として、ストップウォッチにより作業時間測定をしたことから始まる、作業に利用する工具や手順などを標準化するための研究を指す。作業の動作を最小単位動作の要素に分解し、その変移を測定し、最も合理的で能率的な作業手順や標準作業時間を定めることを目的としている。動作研究はテイラーと親交のあったフランク・ギルブレスに継承され、最適動作の研究へと発展していくことになる

 余談になるが、現在でもこのような時間研究や動作研究を実践する企業は多く、トヨタ生産方式やマクドナルドなどがその代表であろう。

 C.の「作業管理のために最適な組織形態」に関しては2つの要素が存在する。当時は熟練工が生産計画を決定し、工場を稼働させる「内部請負制」であったが、 科学的管理法ではこの「内部請負制」を廃止し、「計画と実行の分離」による組織形態へと変化させた。

<1>計画と実行の分離

テイラーは、従来の熟練工の勘に依存する、内部請負制における属人的な生産管理が全体の生産効率を下げるものであると考えていたので、計画と実行(執行)が分離された組織を目指した。この組織改革では、生産計画の立案と製造現場は別の組織とし、現場での計画立案作業がなくなったことで、製造作業に集中することが可能となり、生産性が大幅に向上した。また熟練工の勘ではなく、論理性のある生産計画の立案が可能となり、生産性向上に寄与した

<2>職能別組織

計画と実行の分離により、計画立案と管理の専任部署の立ち上げを実現した。現代でいう「職能別組織」(ファンクショナル組織)の原型が出来上がり、作業の専門化が進み、工場の生産性は大いに向上した。後に、テイラーの門下であったエマーソンが職能別組織の発展形として、「ライン・アンド・スタッフ組織」を提唱することになる。現代においても、「営業」「販売」「人事」など職種に応じて部門を分けるのが一般的であるが、これは職能別組織の一例である

 科学的管理法はそれまでの内部請負制を解体し、計画と実行の分離などにより工場内の組織を近代化し、生産性を向上させた。後の大量生産時代への幕開けとなった。アメリカの自動車メーカーであるフォードはいち早く科学的管理法の導入を行い、当時の高級品であった自動車を大量生産することで庶民でも購入できる価格に引き下げ、事業としても大成功を収めることになった。科学的管理法による生産性向上と職能別組織によるマネジメントの近代化はアメリカの機械産業の近代化に大きな影響を与え、アメリカの国力増強に貢献した。

 科学的管理法は産業の近代化に貢献したが、一方ではそれに伴うデメリットも生んだ。科学的管理法が生産性に偏向するあまり、労働者の人間性を軽視し、労働者を機械などの生産設備と同等に扱っているのではないかという批判の風潮が現れた。時間研究による労働管理が人権侵害に繋がるとして、1913年、アメリカの大規模労働組合であるAFL(アメリカ労働総同盟)が科学的管理法を拒否し、反対運動を展開するようになった。企業側もこの運動を無視することができず、科学的管理法の本質は継承しつつ、労働者の人間性も尊重する方向へと改善が行われるようになった。

 また計画と実行の分離(職能別組織)により、労働者がホワイトカラー(事務や販売系などの業務に従事している人)とブルーカラー(現場の肉体労働者)の二極化を引き起こし、対立構造を生む要因となった。この二極分化による対立を解消しない限り、生産性は頭打ちになり、労働者のモチベーションが上がらないことも分かってきたので、各種の研究や改善が行われ、現在も続くテーマとなっている。このようにテイラー科学的管理法の功績は工場の生産性を向上させたこともあるが、工場のマネジメント(生産管理)の概念を近代化させたことも大きいのである。

 1910年、アメリカ東部の鉄道会社において貨物輸送運賃の値上げに関する争議が起こり、荷主側弁護士がテイラーの管理法を紹介し、鉄道会社側の非効率なマネジメントを指摘した。このことにより、テイラーの管理法は全米に知られることとなり、この時にテイラーの管理法が「科学的管理法」と呼ばれるようになった。テイラーは1911年に「科学的管理の原理」を出版し、以下の論説を展開している。

  1. 今の管理者はマネジメントの素人であり、マネジメントはもっとアカデミックに研究されるべきである
  2. 労働者は協力しなければ、生産性は上がらず賃金も上がらない。従って、労働組合は必要とされないであろう
  3. 訓練を通じた資格ある管理者と、協力的かつ革新的な労働者、この両者の協力により、工場は最良の結果が得られる。この両者の信頼は相互に不可欠なものである

 テイラーの科学的管理法は労使関係に課題を残したが、産業の近代化における功績は大きい。その後、科学的管理法は多くの研究者や経営者によって改良され、その原理は現在の産業においても大きな役割を果たしている。テイラーによって、生産管理の近代化が始まったといっても過言ではないだろう。

2023年2月 抱 厚志

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