春爛漫である。
桜の季節は終わったが、自然は生命力に満ち溢れ、目に映る緑が新鮮でもあり、眩しく感じる季節だ。ゴールデンウイークの最中にこの原稿を書いているが、思索を巡らせるために愛犬と散歩に出るのが心地よい。新型コロナウイルス感染症も一段落で、久しぶりに自由を謳歌できる連休に、思わず手足を伸ばしたくなる。マスク越しでない緑の薫風を胸いっぱいに吸い込めることは、どれほど幸せなことか。
さてその心地よさの中でも、志士奮迅は進んでゆく。
3月は久しぶりにDXに関するエッセイを書いたが、今月は連載に戻って生産管理史(改善の系譜)である。第6回で「科学的管理法の父」フレデリック・テイラーについて取り上げさせていただいたが、今回はテイラーと同時期に、テイラーと同じく、工場に科学的管理を持ち込んだ作業研究の先駆者であるフランク・バンカー・ギルブレス・シニア (Frank Bunker Gilbreth, Sr.)に触れてみたいと思う。
ギルブレスは、ご存じの方も多いと思うが、動作経済の原則の提唱者である。メイナード、バーンズ、マンデルなどが、その著作物内でそれぞれの動作経済の原則を提唱しており、厳密にいえば、ギルブレスは動作経済原則の提唱者の一人ということになるが、今回は便宜上、ギルブレスの動作経済の原則ということにしておきたい。
動作経済の原則とは何かということになるが、これは「作業分析において、最小限の作業動作とそれに伴う最小限の疲労で最大の成果を得られるように、最も合理的な作業動作を実現しようとする経済的な法則」のことと定義しておく。
前述のようにギルブレスをはじめ、多くのIE研究者が動作経済の原則についての研究を行ったが、その提唱には内容や方向性に若干の違いはあるものの、凡そ20種類ほどの共通した定義にまとめることができる。
最初にギルブレスについて簡単に説明する。
フランク・バンカー・ギルブレス・シニアは、1868年にメイン州フェアフィールドで金物店を経営する家に誕生した。実父はギルブレスが3歳の時に高いし、一かはボストンに引っ越した。高校卒業後、レンガ積み職人の見習、建築請負業者などを営技術士となり、パデュー大学で非常勤講師を務めることになる。1904年リリアンと結婚し、12人の子どもをもうけたが、従業員の仕事習慣を研究していたリリアンは生涯の共同研究者でもあった。
ギルブレスの動作経済の原則の研究の原点となったのは、建築請負業者をしていた当時に、煉瓦をより速く簡単に積む方法を発見し、工期を3分の1に短縮したことであるといわれている。第一次世界大戦では米陸軍に所属し、小型武器の組立・分解をより迅速で効率的な手法を確立することに取り組んだ。ギルブレスは全ての手の動作を18種類の基本的動作に分解し、ムダの排除、効率的手順の組み合わせを確立した。分解した動作をサーブリッグ<therbligはギルブレス(Gilbreth)の綴りの逆読み>記号で表し、カメラを使用して、作業者のサーブリッグ<最小動作>を細かな単位で時間測定した。科学的な作業分析の始まりである。
余談になるが、外科手術で医師に求められた手術器具を手渡すオペ看護師を「器械出し」というが、これを初めて提案したのもギルブレスであり、探すという作業を分業により効率化するアプローチである。
さてここからは動作経済の原則に中身について踏み込んでみたい。
動作経済の原則(The principles of motion economy)を具体的にいうと、「4つの基本原則×3つの視点=12通りのアプローチ」から構成され、人の動作や道具の操作方法、作業環境などを体系的に分析し、効率化するためのマトリクス手法である。
まず、4つの基本原則とは以下のような内容である。
- 動作の数を減らす
不要な動作の排除。動作数の削減による効率化で作業時間の短縮を目的とする。動作削減の余地が無いように見えても、前述のサーブリッグ分析を活用して、手順や環境の見直しを行えば、さらに不要な動作を削減できる可能性がある。 - 動作の距離を短くする
作業者とモノ(材料や部品、工具など)との距離の短縮。移動距離が長い動作順(歩行、胴・腕・肘・手首・指という順)に、その移動距離の削減、場合によっては移動自体の除去ができないかを検討する。 - 動作を同時に行う
両手を同時に使うことによる動作の合理化の実現。片手の手待ちが発生していないか、保持動作が発生していないかなどの点検である。ただし、左右の手の動きの組み合わせ方が不適切な場合、作業の難易度が上がり、かえって時間がかかり、ミスを発生させることもある。 - 動作を楽にする
作業しにくい姿勢での動作、余分な力が必要な動作になっていないかなどの点検。動作の経路を簡便化し、重力や慣性を利用して作業者の負担を軽減すると同時に、作業効率を向上させることを目的とする。
次に、3つの視点は以下の通りになる。
- 動作方法の視点
人間を軸とし、作業方法や体の動かし方などから見た視点。 - 作業場所の視点
場所を軸として見た視点である。材料や部品、治工具などの設置条件、作業域の広さ、作業場所の高さや部材の位置などの作業条件を含む。 - 治工具や機械の視点
治工具や機械・装置などの設備を軸とした視点である。治工具の格納方法や機械の可動方向を考慮し、治具の活用で動作の合理化を検討する。
作業現場で問題点や改善点を効率的に見出すためには一定の手順が必要であり、ランダムに問題抽出を行うことはなかなか困難である。そこで有効なのが、4つの基本原則×3つの視点で構成される12のマトリクスであり、その交差するセルに現場が気づいたことを記入していくことで問題点を体系的に可視化することができる。
以下に、組立作業における3×4マトリクスのサンプルを提示する。
(出典:ものづくりの現場トピックス/楽することは経済的!?「動作経済の原則」とは)
上記のマトリクスの作成は作業当事者だけでなく、協働作業者や現場管理者など、別の視点からの可視化も有効であろう。作業当事者はどうしても主観的視点とならざるを得ず、客観的な視点を見失ってしまうことがあるので、第三者視点の観察や課題提起は動作経済の原則の活用において重要なことである。また、こうしたマトリクスのデータはデータベースとして保存・管理し、時系列や要素別、工程別、作業別などで参照すれば、さらにその活用度が増すことは間違いない。昨今ではデータサイエンスやAIによる自然言語処理の進化が著しいが、12のマトリクスのように一定の形(ルール)に正規化されたデータは活用度が高くなる。
100年以上の歴史を持つ動作経済の原則なども、最新のテクノロジーでもう一度、その価値が見直されても良いのではないだろうか。経済動作の原則は改善活動において、最もオーソドックスなアプローチであり、動作分析の「基本」である。基本は徹底的に繰り返し、現場の作業に浸透させていくことが重要である。しかし一方で、原則であることを盾に、現場への無理な適用を行うと、逆に労働負荷や安全面などにおいて、現場作業者の反発を招き、長続きしない場合もある。必要なのは現場作業者の立場や視点に立った改善がなので、最終的には周囲の意見を取りまとめながら、現場作業者自身に意思決定をさせるべきである。
また動作経済の原則においては、全体の最適化を差し置いた個別最適の繰り返しでは大きな効果は生まないことを認識し、全体のフロー(プロセス)やラインバランスなど、改善を優先させることも重要である。生産性だけの視点ではなく、納期、品質、コスト、安全面などに複合的配慮をした改善を目指すべきである。
動作経済の原則による改善は取り組みが容易で、現場へも浸透しやすい。毎日1項目ずつ徹底的に頭に叩き込み、飽くなき改善や検証に取り組んでいけば、その改善活動はやがて「モーション・マインド」に発展させることができる。動作経済の原則は現在においても十分に通用する基本的な改善手法の一つである。
前述の通り、テクノロジーが進歩した現在、AIカメラ、IoT、画像認識、個体認識などの技術を利用すれば、さらにデジタル化した動作経済の原則の応用が可能になる。アナログがデジタルに変わったとしても、改善の原則や視点は変わらないといえるだろう。動作経済の原則と今後のテクノロジーの連携に期待するものは大きい。
余談になるが、ギルブレス夫妻は動作経済の原則を家族生活でも実践していた。その様子は1948年に発刊された『一ダースなら安くなる あるマネジメントパイオニアの生涯』(著者:ギルブレス夫妻の息子フランク・ジュニア、娘アーネスティン)によりに出版され、2003年に『12人のパパ』として映画化されている。
2023年5月 抱 厚志